トリニティ株式会社

「ありたい未来」を実装する ——トリニティ(株)と(一社)デザイン経営推進機構の実践

公開:2026年10月22日 更新:2026年10月22日

3回にわたるこの連載の最終回では、これまで書いてきた「アート思考×デザイン思考×技術視点の統合」が、実際にどのような形で実践されているかをお伝えしたい。

アート経営が問いかけるもの 連載

バックキャストという思考法

まず、私達トリニティの各種プロジェクトの出発点にあるものを紹介したい。それはバックキャストという思考アプローチだ。

フォーキャスト(現在の延長線上に未来を描く)ではなく、まず「ありたい未来の姿」を描き、そこから逆算して今何をすべきかを考える、それがバックキャストだ。不確実性が高まる中で、現在から(これまでの慣習や考え方で)未来のあるべき正解を当てにいくのではなく、未来を想定しつつ、そこでどんな未来をつくりたいかを考えてから、今のアクションにつなげる方法といえる。

この思考法自体は広く知られているが、実際に組織の中で実践しようとすると、すぐに壁にぶつかる。「ありたい未来」を描こうとしても、なかなか難しい。なぜなら、組織の中にいると「役割」や「自分への期待値」は、周りが決める事がほとんど。或いは未来を考えようとしても「自分はどうありたいか」という言葉を紡ぐことは、普段のボキャブラリーと異なり、結果言語化できずに、曖昧なままとなる。自分と対話を重ねて生み出したとしても、それは感覚的・個人的なものに留まり、組織の共通言語にならないのだ。

「どうありたいか」という問いは、まさにアート思考の核心だ。しかし組織においてそれを共有するためには、個人の美意識を起点にしながらも、同時に社会の変化や技術の潮流という「外側の文脈」と接続しなければならない。ここが接続できて、初めて組織のフォースになる。

トリニティでは20年にわたり、社会・テクノロジー・産業の未来トレンド・洞察データを蓄積してきた。この知的資産が、バックキャストの「未来の地図」として機能する。

プロジェクトの現場では、どのように進めているのかと云うと、まず、このトレンド・洞察データを見ながら、過去の情報を<FACT>と<なぜそうなったのか(WHY)>で読み解いて、現在地を確認する。

そして、未来を予測するための素材として、今後のトレンド情報を使う。この情報のベースは世界の市場・生活者の一次情報がふんだんに盛り込まれており、公開されている一般的な未来情報とはやや異なる。これを活用することで、3年後、5年後、10年後をあれこれ皆で「妄想」することが出来るのだ。そしてようやく「こういった未来を創っていきたい」となったら、現在地に戻って、施策を組み立てて行く。

感覚的な「ありたい姿」を、根拠のある未来予測と接続することで、はじめてそれは組織を動かす力を持つ。

「アート思考的バックキャスト」プログラムの全体像

トリニティが現在、クライアントに実践する組織開発・事業開発プログラムは、次の五つのステップで構成される。簡単に述べよう。

ステップ1:バックキャストで「ありたい姿」を描く

前述した未来のトレンド・洞察データと、内閣府が策定した「経営デザインシート」を活用し、自ら、そして自組織として「どうありたいか」を言語化する。単なるビジョン策定ではなく、社会変化の文脈に根ざした自分起点の未来像を作ることが目的だ。

ステップ2:ステークホルダーの潜在的な期待を知る

デザイン思考のアプローチで、顧客・パートナー・社員など主要なステークホルダーが「まだ言葉にできていないこと」を丁寧に引き出す。
ステップ1の未来像と、現実のステークホルダーの期待の間にある「ずれ」と「共鳴」を確認する作業だ。

ステップ3:自社の技術・強みを再発見する

シーズ(自社の技術・資産)起点で、その価値と効能を分解する。「これは何のためにあるのか」「誰にとってどんな意味を持つのか」を問い直すことで、見落とされていた強みが顕在化することが多い。

ステップ4:統合と言語化・視覚化

ここが、このプログラムの核心だ。ステップ1〜3で得た素材を統合し、目的に応じた成果物を創出する。
人事部・経営企画の場合は、組織の独自のパーパスを策定し、それを実践するための文化・行動指針を言語化する、組織開発プロジェクトとなる。事業部・研究開発の場合は、次の開発テーマを定め、そのプロトタイプを視覚化する事業開発・研究テーマ創出プロジェクトとなる。
いずれも「研修」という形式ではなく、実際の成果物を生み出すプロジェクト型の設計だ。

ステップ5:実装への伴走

成果物を生み出して終わり、ではない。トリニティは顧客企業に入り込み、パーパスの浸透、次の開発テーマの推進、組織文化の変革を継続的に支援する。この伴走の内容と期間は、企業の状況に応じて設計する。

上記が、個社の戦略に基づいてカスタマイズして推進するプロジェクトのスキームである。
一方で「まずは各組織のリーダー達でトライしてみたい」という問い合わせも多く、それに対応するミニプログラムも今年から展開している。(ご関心の方は詳細お問い合せください)

無形資産を大切にすることが、企業価値を高める

一方、昨年私は一般社団法人デザイン経営推進機構(JIDD)を、理事の皆様と共に設立した。
代表理事には(大)一橋大学 鷲田 祐一教授、日本電気(株) 勝沼 潤氏、パナソニックホールディングス(株) 臼井 重雄氏、ヤンマーブランドアセットデザイン(株) 長屋 明浩氏、オムロン(株) 奥田 武夫氏、貝印(株) 地曵 慶一氏を迎えている。

この活動は、企業は利益を生み出す源泉となる無形資産を大切にし、経営はここに投資していくことで企業価値を上げて行こうというもの。
そのためには個社の競争ではなく、まずは互いに学び合いましょう、という主旨である。
企業はまず、社会においてどうありたいかという姿を描くこと。
その上で、どんな価値を社会に提供し続けたいかを言語化し(パーパス)、それを実践すること。
そして、その実践を支えるのが無形資産——ブランド、デザイン、知財、組織文化、人材の力——だということだ。

有形資産(設備・土地・資金)中心の経営から、無形資産中心の経営へ。この転換が、持続的な価値創造と企業価値向上につながると考えている。

名和先生の『アート経営』が問う「ありたい未来を描き、創り上げる」という命題は、まさにこの思想と根底でつながっている。「何を大切にするか」という美意識の問いが、パーパスを生み出し、無形資産を育て、企業の長期的な価値を形成する——この連鎖こそが、アート経営の真髄だと私は理解している。

おわりに

3回にわたり名和先生のメッセージを自分事に噛み締めて、思うことを長々と書いてきた。

思うことは一つ。

アート思考とデザイン思考は対立しない。そして「ありたい未来」は、描くだけでなく、実装されてはじめて意味を持つ。重要なのは、自らが行動すること。

生成AIが日常に溶け込んでいく時代、情報はグローバルに瞬時に行きわたり均質化する。人間は意思決定するか現場で自律的に動けるか、そこに価値が出る。自分ならではの軸、らしさこそが、かけがえのない価値となる。これからは、「なぜ自分はそれを大切にするか」「どう汗をかいているのか」が問われるだろう。
その問いに向き合い続けることが、組織にとっても個人にとっても、これからの時代の競争力になると、私は信じている。
トリニティは、その実践の場に居つづけたいと思っている。

(文:湯浅 保有美)

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