トリニティ株式会社

アート経営が問いかけるもの
生成AI時代に、「美意識」が問われる理由

~感動創造企業 ヤマハ発動機㈱/西陣を世界に宇宙に 細尾 HOSOO~

公開:2026年9月16日 更新:2026年9月16日

一橋大学名誉教授の名和高司先生が、新著『アート経営——ありたい未来を描き、創り上げる』を上梓された。

名和先生の過去のこれまでのご高著を、実は私は「デザイン経営」や「無形資産」「組織開発」人の文脈で読み説き、多くの示唆をいただいてきた。先生の問いの立て方はいつも鋭く、現場を見ていて、そして温かい。

『パーパス経営』で「なぜ(Why)」を問い、『エシックス経営』で「どう(How)」を問い、そして今回の『アート経営』では「何を(What)」へと歩みを進められた。そしてアートという言葉の選択と、先生の思考の射程の深さに、改めて敬服している。

今回はこの新著を一つの起点として、私が日頃から考え続けているテーマ——アート経営やアート思考、デザイン思考、そしてそれらを統合する経営のあり方、無形資産の重要性——について、複数にわたって書いてみたいと思う。

生成AIは、「知性の民主化」をもたらしつつある

この数年で、生成AIの社会実装は急速に進んだ。
高度な専門性や長い経験を要する業務においても活用の範囲は拡大し、今や誰もが手にできるツールとなっている。

これが何を意味するのかというと、情報の正確性や論理的思考の質は、やがて世界共通の「スタート地点」になる。地点が上がれば、同じ高さに立っているだけでは差別化にならない。故にこれから問われるのは、その上に何を建てるか、だと。

そしてその「何を建てるか」という問いこそ、アートが担う領域に他ならないと思うのだ。

不確実性の時代に、軸はどこにあるか

「VUCA」という言葉が語られて久しい。不確実性に対する処方箋が、これまで多くの場合「より多くの情報」や「より精緻な分析」に求められてきた。でも、本当にそれだけでよかったのだろうか。情報が増え、分析が深まるほど、選択肢は増える。
しかし「どれを選ぶか」の問いの前に、何を自分の選択基準とするか、つまり「自分はどうありたいか」という問いこそが先なのではないか(!)

名和先生が『アート経営』の中で問うている事は、まさにここだと思う。内発的な動機——自らの価値観、美意識、そして「こうあってほしい」という未来への祈りのようなもの——それこそが、不確実な時代を生き抜く羅針盤になる、と。
自分や企業が「どうありたいか」という問いに真剣に向き合わないまま、DX導入や効率化やイノベーションだけを追っても、それは船が行き先を定めずに速度だけを上げているようなもの。生成AIが進化するほど、この問いの重要性が著しく(!)増していくと私は思っている。

アート思考の台頭は、偶然ではない

近年「アート」という言葉への注目が高まっている。ビジネスの世界でアートに関心が集まる背景には、単なる「クリエイティブブーム」以上のものがある。論理やデータを超えた「目に見えない価値」を含めた自分達らしさ、やり方を模索し始め、広がっているのではないかと思う。

そして、名和先生はまず、空間軸上では、多様かつ包括的であること、時間軸上では伝統から革新を紡ぎ出すこと、そして価値観軸上では、五感を超えた霊感を呼び込むことの大切さを語っている。まさに世界観だ。

「なぜ存在するか」という意義(パーパス)も、「こうあるべき」という規範(エシックス)も、まず世界観があって、それが人の心に共鳴しなければ、絵に描いた餅になってしまう。美しく、力強い未来像が、人を動かす。
世界観の創出や未来へのまなざし、真に此処こそが、デザインの力であると私は思っている。

感動創造企業YAMAHA、そして細尾HOSOO

事例でも触れていたが、弊社トリニティはヤマハ発動機(株)、(株)細尾にはご縁があり、複数のプロジェクトを共に推進させて頂いた。そこで両社共に感じるのが、未来へのありたい姿への痛烈な情熱とそれを理念でとどまらせずにオペレーション戦略に具体的に落としていく、統合的な活動である。名和先生のいう、Thinking(思考)ではなくDoing(実践)なのである。

ヤマハ発動機の「発・悦・信・魅・結」は、当時のデザイントップが、社内を巻き込み推進して創出した理念ワードである。当時は、創業以来の自由闊達、個人を尊重する企業文化がある一方で、企業成長により大企業的なる思考・行動様式になりつつある懸念の中で、改めてヤマハ発動機の過去のDNAとして未来につなぐための彼らの「らしさ」を言葉に落とした。それを基に、様々な施策を彼らは今も間髪いれずに打ち続けている。

トリニティが協働した「新卒採用」の活動も、従来の人事プロトコルや固定観念を打破して、学生と野外でキャンプ形式のワークショップをメディアも巻き込みながら実施することで、本当に人生を共にする仲間(人財)を見出していった。条件の良し悪しではなく、ヤマハの美学と文化に共鳴するか否かで互いを選び合うのだ。結果として採用された社員の定着率もエンゲージメントも上がっていく。

(株)細尾も、西陣の歴史を見事に世界のステージに乗せ、しかもラグジュアリー市場を常に刺激する存在にまで至っている。
彼らとは、京都の次世代後継者集団の「GOON」と共に、トリニティのプログラムであるデザイナー研修の際に、対話の場を幾度となく設けさせて頂いた。

参加者(日本を代表する製造業のデザイナートップ達)が驚くのが、まず「時間のとらえ方」である。工業製品はその商品サイクルから、数年後から10年、15年を想定して時間感覚をもつことが普通なのだが、細尾氏はじめGOONのメンバーは、過去は先代、先々代、、、つまり100年~300年、そこからの時代を踏まえて、未来に自分達がいかにバトンを渡していくかという長い時間軸の中に生きている。自ずと自分や子孫の未来をいかに生きるかを常に考えているのだ。そして、Doing。「今、何が市場で受けるか」といった発想は彼らにはなく、時代の流れの中で自分達ならではの楽しいアクションを国内外で、活動している。

アート的なる経営、それを私は、美学、主体性、未来志向とその実践であると思っているのだが、両社はまさにそれを叶えていると、現場で常に実感している。

次回:デザイン思考との関係を問い直す

では、「アート経営とデザイン経営はどう違うのか」「アート思考とデザイン思考はどう違うのか」「それらは対立するのか」——よく問われる問いだ。この問い自体に大きな誤解が潜んでいると私は考えている。
次回は、アートとデザインという言葉をめぐる誤解を丁寧に解きほぐしながら、両者の関係を整理していく。名和先生のこの一冊に背中を押されるようにして、私自身が大切にしてきた問いをもう一度、この連載で、丁寧に言葉にしてみようと思っている。

(文:湯浅 保有美)

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