トリニティ株式会社

多様な嗜好性をはかる“物差し” がデザイン提案を加速
感覚的な理解を共有知にすることで組織の意思決定の質と速度を変えた「ASEAN横断調査プロジェクト」

トヨタ紡織アジア

青木 隆 氏

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トリニティ シニアデザインリサーチャー 織田 浩平

進行:大久保 泰子(トリニティ)

多様な嗜好性をはかる“物差し” がデザイン提案を加速
感覚的な理解を共有知にすることで組織の意思決定の質と速度を変えた「ASEAN横断調査プロジェクト」

ASEANという大きなくくりで語られがちな東南アジア市場ですが、実際は国ごとに人の暮らしや価値観が大きく異なり、求められる心地よさも一様ではありません。
トヨタ紡織アジア(TBAS)がトリニティと共に取り組んだ、自動車内装のための「ASEAN嗜好性調査」が目指したのは、複数国を通貫する“物差し(各地域のユーザー嗜好性を比較できるように可視化したポジショニングマップ)”をつくることでした。伸び盛りの成長市場の“好き”をはかる物差しはいかにつくられたのか。2年余りにわたるプロジェクトを振り返ります。

トヨタ紡織アジア 青木 隆 氏

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トリニティ シニアデザインリサーチャー 織田 浩平

進行:大久保 泰子(トリニティ)

「ASEANはひとつじゃない」 多様なインサイトをどうあぶり出すか

タイに足掛け10年以上住み、現地の人が好む色使いやデザイン性に同国ならではの特徴があると感じていた青木さん。それは、同じASEANでも他国の人たちの好みとは明らかに異なるものでした。でも、その違いをどう客観的に捉え、表現すればいいのか。今回のプロジェクトは、そんな青木さんのもどかしさから始まりました。

今回のASEAN嗜好性調査プロジェクトが立ち上がった背景から聞かせてください。どんな課題意識があったのでしょうか。

トヨタ紡織アジア 青木隆氏(以降、青木):ひと口にASEANといっても、実際はいろんな国があり、そこで好まれるものもかなり違います。私はタイに住んで仕事をしてきたので、その嗜好的な特徴を肌感覚で理解していますが、でもそれを人に説明して、トヨタ紡織として魅力的な車室内空間の提案につなげるためには、今ひとつ捉えどころがなく、はっきりしない。感覚だけでは足りないというのを感じていたのです。

各国ごとの調査はこれまでもされていたのですよね?

青木:はい、案件が立ち上がるとその都度、対象となる国の嗜好性を調べます。でも案件が終わるとそのときの調査資料はなかなか次に活かせず、埋もれてしまう。個別の調査成果を汎用性のあるかたちで蓄積しづらい。そこをなんとかしたいという気持ちがありました。

 実は以前、トヨタ紡織インドネシアのエンジニアから聞いた話なのですが、その人が現地のお客様と話していて、「インドネシアの人はどんな内装が好きなのか、紡織さんはわかりますか」と聞かれたそうなんです。で、咄嗟に答えられなかったと。そういうとき、ざっくりでいいからスパッと言える状態でありたい。グローバルで自動車の内装をリードしていく立場の会社として、市場ごとの嗜好性を、自分たちの言葉として持っておく必要があると改めて感じました。それには複数の市場を共通してはかることのできる“物差し”を整備する必要があると考えたんです。

共通の“物差し”を当てることで見えてきた各国の「変わるものと変わらない本質的な嗜好」

調査は2024年秋のタイ・インド・日本でのウェブ調査を皮切りに、マレーシア、インドネシアへと対象国を広げ、定量・定性を織り交ぜながら各市場の違いを横断的に捉える取り組みに発展しました。

長期プロジェクトとなりましたが、どんなところから始められたのでしょうか。

青木:まず目標としたのは、国ごとの差異を客観的に、かつ継続的に説明するための“物差し”をつくること。現場に関わる全員が「なるほど、確かにそうだ」と納得して使えるような、シンプルだけれどしっかりとした共通の尺度をもちたいということで織田さんに相談しました。

そうした要望を受け、織田さんのほうはどんな方針を立てたのでしょうか。

トリニティ 織田(以降、織田):そうですね、私たちも単発の調査ではなく、青木さんのお話にある物差しをつくって、それによって市場や案件が変わってもTBASさんの提案活動や判断の拠り所になるようなインサイト地図を整備していこうという意識で取り組みました。それには定量的なエビデンスと、より人の悩みや好みを掘っていく定性を組み合わせた調査が必要ですし、そのあたりは我々トリニティが得意とするところでもあるので(笑)、そうした方針で提案させていただきました。

青木:トリニティさんとは、私が日本のトヨタ紡織にいた時代のチームとの協業もありましたし、もっと前にはトリニティさんがやられていた「新興国デザイン思考マラソン」のレポートも読んでいました。織田さんたちが、単に情報を集めるだけではなく、人がそのデザインをどう受け止めて評価しているか、その背景まで読み解いていくやり方を知っていましたので、その点は信頼感がありましたね。

調査設計の段階で特に意識されたこと、工夫点などを教えてください。

青木:スタートは自分たちの拠点であるタイと、成長著しいインドでの定量調査だったんですが、このとき比較のために日本も加えた3カ国調査にしたのです。織田さんからの提案で、日本は自分たちがよくわかっている市場なので、そこを入れることで納得感が増すと助言され、なるほどなと。日本の結果が自分たちの感覚とズレていなければ、他国の結果もより信頼できる。調査の“確からしさ”を高めるうえでこれは大きかったですね。

織田:そうですね。ASEAN各国だけを見比べるよりも、日本があることで「この結果は自分たちの感覚と合っているか」を確かめやすくなります。自分たちの実感を照合できるんですね。そのうえで2年目からはマレーシア、インドネシアと対象を広げ、各国の位置関係が見えるようにしていきました。

調査から見えてきた発見はどんなものでしたか。

青木:やはり国ごとの差ははっきり出ましたね。日本とタイは近い感覚がある一方で、インドはかなり違う。マレーシアやインドネシアも、それぞれ特徴がある。これは感覚的にはわかっていたことなのですが、今回の調査で比較可能な形で見えるようになったことが大きな成果です。織田さんと相談して、コレスポンデンス分析で違いを可視化した嗜好マップもつくったのですが、ASEANのことを知っている人ほど「やっぱりね」って言うんですよ。感じていたことがここに現れているって言ってくれますね。

青木:もうひとつ気づいたのは「本質の嗜好は簡単には変わらない」ということです。目に見えるデザイン表現のあり方は時代によって変わります。でも、すっきりしたものを好むのか、こってりなものを好むのか、といった根っこの嗜好は急には変わらない。先ほど話に出たトリニティさんの新興国デザイン思考マラソンの2013年のレポート結果と見比べてみても、今回の調査とやっぱり通じるものがある。そうでしたよね?

織田:そうですね、キーワード的に通じるものがありましたね。

青木:幸せなことに私は、時代が異なるこれら2つの調査レポートを比較して見ることができました。その上で、今回は自分なりに手応えのある調査ができたかなと思いますし、時代や市場の変化を追うだけでなく、その奥にある“芯”を捉えることが大事だと改めて感じます。今回の調査結果はそのための視点を与えてくれました。

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(上)織田 浩平 (下)青木 隆 氏

デザインの迷いを減らし、顧客との対話が加速

これまでに5カ国で調査を実施し、その成果は社内でどのように活用されているのでしょうか。

青木:今回の成果をいちばん喜んでいるのはデザイン部門だと思います。たとえばある車種の内装案件がスタートするとデザイン部門が下書きに着手するわけですが、今回の調査結果をベースに、対象市場の傾向を前提として持ってスタートできるので、設計や提案の初速が変わってきます。“迷いが減る”ということですね。本当にこれでいいのかな、と手が止まることなく、「こういう傾向だから、この方向でいこう」と自信を持って筆を進められるようになる。これがスピードにつながりますし、結果として提案の質にも効いてきます。

クライアントへの提案の場面でも変化はありましたか。

青木:ありますね。「なぜこのデザインなのか」という問いに対して、感覚ではなく調査結果をもとにして「実はこういう傾向がありまして」と示すと、相手も納得しやすいんです。次のステップに進みやすくなりました。

織田:うれしいですね。提案の際はその案がどんな市場理解に基づいているのかを説明できることが重要ですし、特にB2B2C領域では、クライアントの先にいる生活者をしっかり見据えていることが伝わると、提案の説得力が大きく変わります。今回の調査がその橋渡しになったとしたらうれしく思います。

若手人材の経験知を増やし、組織の力に

今回は各拠点のスタッフの皆さんも調査に関わっていただいたと聞いています。若い方々が多かったようですが、皆さんになにか変化がありましたか。

青木:はい、みんなとても成長したと思います。事前の協議から調査現場まで何度も立ち会って、具体的なプロセスを経験してもらうことができました。私がいるタイのスタッフは20代後半から30代が中心でみんな若いですが、今では自分たちで簡易なインタビューも実施できるようになっています。質問書をつくって、人を集めて聞き取りをして、その結果をまとめて日本に返せるくらいまで力がついてきました。

織田:我々にとってもいい刺激になりました。各インタビューの後にチーム内で毎回ラップアップを行うんですが、聞き取った内容について、拠点の皆さんに現地の人ならではの視点や感覚で文脈を補ってもらえるんです。それで「なるほど、そういう意味だったんだ」と我々の理解の解像度も上がりましたし、皆さんにとっては知見を蓄積する機会にしていただけたのかなと思います。

調査結果そのものだけでなく、拠点の人材育成でも成果になっていったと。

青木:そう思います。こういうのは教科書的な学びだけではダメで、特に定性のインタビューなどは現場でのモデレーターさんの臨機応変さみたいなものもあるし、それをライブで何度も見せてあげられたのは良かったなと思います。

市場に届く“芯”のある提案を目指して

今回の取り組みは「各国の違いを知る」ことにとどまりません。重要なのは、調査結果が次の意思決定にどれだけ接続されるか。このプロジェクトでは、そこに最初から明確な意思がありました。

最後に、今回のプロジェクトの成果を総括いただけたらと思います。

青木:まずは当初の目標だった“物差し”はしっかりつくれたと思います。それによって国ごとの違いを感覚ではなく共有できる形にできたことと、より良い提案を自信をもって行えるようになったこと。この2つが大きいです。私たちはメーカーとして、お客さまに新しい技術や製品を提供し、それを買っていただく。そのために「この国の人はこういう考え方なのでこれがいいと思う」と、そうした“芯”のある提案が、特にこのASEANのような変化の速い市場においては今後ますます重要になっていくと思っています。

織田:ありがとうございました。

(中央)青木 隆 氏

(取材・撮影日:2026/4/28 場所:オンラインセッションにて 所属・肩書は取材当時のものです。)

変わる市場を追いかけるだけでなく、
変わらない“芯”を捉えてこそ、次の一手は描ける

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