さて、6月も終わりに近づき、いよいよ下半期のスタートが目前となってきました。新たなフェーズに向けた取引先との調整や社内の合意形成など、「どう伝えるか」「どう折り合いをつけるか」が問われる場面も増えるのではないでしょうか。そこで今回は、互いの都合をすり合わせ、Win-winな合意をつくるための “設計図” としての「交渉学」を採り上げます。
ポジティブな合意に導く交渉学とは?
「交渉学」をみなさんご存じでしょうか?
実は、わたしも最近になって初めて知りました。
交渉と聞くと、利害関係にある者同士が互いに要求を通すための駆け引きを想像してしまいがちです。「弁が立つ人でないと相手に押し切られてしまうのでは」と感じる方もいるかもしれません。実は、わたしもそうでした。
しかし調べてみると、交渉学が目指すのは、双方にとってより良い合意へ導くための対話であることがわかりました。
そのための知恵とスキルを養う学問が交渉学なのです。
ハーバード・ロースクールのロジャー・フィッシャー教授と国際交渉に精通した作家ウィリアム・ユーリー氏が、実践可能な形で体系化した著書『ハーバード流交渉術』が、交渉学の教科書として広く知られています。
ここでは代表的な理論と方法論を、わたしの復習も兼ねてまとめます。
原則立脚型交渉
第一原則 人と問題を切り離す
第二原則 条件や立場ではなく利益に注目
第三原則 お互いの利益に配慮した複数の選択肢を考える
第四原則 客観的基準に基づく解決にこだわる
原則立脚型とは、物事の根本にある決まり(原則)に基づいて考えることを指します。利害が絡むとつい過剰に自分事として反応しまいがちです。しかし、ポジティブな交渉には、一歩引いて状況を客観的に捉える姿勢が前提になります。
要求の根拠を定量的に示すことも、客観性を高める上で有効です。そのために、相手の状況も含めた情報整理をしておくと良さそうです。
ZOPAとBATNA
ZOPA(Zone of Possible Agreement)
ZOPAとは「合意可能な範囲」のことです。言い換えるなら、お互いにとっての “交渉の余地” とも言えます。
但し、ZOPAが空白だと交渉が決裂してしまいます。間を取ろうとすると互いに妥協することになり、満足な結果が得られないこともあるでしょう。その場合に必要になるのが、「創造的なアイデア」です。両者で一緒に知恵を絞って考え出すことで、合意に近づくだけでなく、関係性が深まることもあります。
筆者作図(イラスト:CANVA)
ハーバード流交渉術で挙げられたケーキの分配の例も、この場合の創造的なソリューションと言えそうです。二人が互いに多く食べたいと主張した時、「一人がケーキを切り、もう一人が先に選ぶ」という方法を採ります。切る側には「均等に切り分けようとする心理」が働きますよね。ナイスアイデアです。作業の間にコミュニケーションも生まれそうです。
BATNA(Best Alternative To a Negotiated Agreement)
一方で、交渉決裂への「備え」も必要です。そこでBATNAの登場です。BATNAは、合意できない場合に取れる最善の代替案。これをあらかじめ用意しておくと、相手に押し切られることなく、余裕をもって交渉の場に臨めます。もちろん、相手にBATNAをちらつかせて印象を悪くしないよう注意は必要ですが…
筆者作図(イラスト:CANVA)
他にも、相手の立場の方が強い場合など、様々なケースでの適切なふるまい方なども指南されていて勉強になります。交渉学は、交渉の場に限らず、人間関係を良好にするためにも役立つ知恵だと感じました。このスキルを身に付けると、アサーション(自他尊重のコミュニケーション)も自然にできるようになるかもしれません。会議を円滑に進めるファシリテーターの役割にもつながりそうです。
なお、『ハーバード流交渉術』について書くにあたって、『マンガでわかるハーバード流交渉術』が理解の助けになりました。身近なビジネスシーンのケーススタディで解説されているので、とてもわかりやすいです。
言うは易く行うは難しの交渉学
商品に例えてみると…
フレームワークを頭で理解していても、実践では臨機応変さが求められます。そのため、いざ現場となるとハードルが高く感じ、不安がよぎることもあります。特に初心者のわたしは、交渉の場でZOPAやBATNAを思い出す前に、感情が先に動いてしまいそうです。意識して理性を働かせることが必要だと感じました。
そこで、現場でも思い出しやすいように、ZOPAやBATNAを「商品」の例に置き換えてみます。
ZOPA(合意可能な範囲)
ローソンのシンプルショートケーキ
食品の原料価格の高騰が製造業を苦しめる一方で、クリスマスケーキは年々豪華になり消費者の期待値も上がる中、ローソンが考え付いたのはトッピングのないショートケーキ。一見相容れない顧客と店舗の事情を、クリエイティブな発想で両立させた、理想的なZOPAの解決策だと感じます。
クリスマスケーキにまつわるそれぞれの事情
・顧客:ケーキを買いたいが、高いと買えなくて困る
・店舗:原料高を価格に転嫁したいが、売れないと困る
商品価格に影響するフルーツを省くことで「余白」を作り、購入者が後から自分でデコレーションできるようにすることで価格を抑えました。
・売る側 〜 値段を上げなくても良い方法
・買う側 〜 安い分、量が減っても満足できる方法
つまり、材料を減らすというマイナス要素を「体験価値」というプラス要素に変換したわけです。
店側の都合だけでなく、顧客の潜在欲求も満たす点で、これは「デザイン思考」とも言えるアイデアかもしれません。そう考えると、交渉学自体も、近年ビジネスで採用されるさまざまな思考法と相性が良いのでは…と思えてきます。
BATNA(最善の代替案)
政府備蓄米の販売先
昨年の米不足で放出された政府備蓄米。契約申請をしたのは、コンビニやドン・キホーテなどのディスカウント店、ドラッグストアといった米穀専門店ではない「異業種」でした。
筆者撮影(画像はイメージです)
・店舗側のメリット:価格訴求+流通力+生活インフラとしての役割
・政府側のメリット:全国区での迅速な販売+認知度の高い店舗で話題化(=販売促進)
コンビニや格安量販店にとって政府備蓄米の販売は、価格訴求による来店動機になるだけでなく、自社の流通網を活かして全国各地にスピーディーに届けられる点でも意味があります。それは、店舗が生活インフラとしての役割を果たすことが、生活者の安心にもつながるからです。同じ備蓄米でも、受け手(販路)が変われば価値の見え方が変わり、合意の可能性も広がるのです。
BATNAとは、こうした“価値を高く評価してくれる別の相手”を持っておくことで、交渉における選択肢を増やす考え方でもあります。提供するものを強く必要とする有力なマッチング先を探すことも、大切ですね。
交渉という行為を伴うビジネススキルを、なぜわざわざ商品に例えるの?と思われた方もいるかもしれません。その理由は、メタファーとして記憶に残ると思ったからです。勉強しても忘れてしまいそう…という方が、実際の交渉の場で思い出すきっかけになれば嬉しいです。
さらに、交渉学の考えを商品企画や事業開発に応用してみても面白いかもしれません。
交渉学を “実践知” にする
交渉学の方法を行動に移すには、練習を重ねることが必要です。
そして練習には相手が要ります。
相手がたくさんいれば、さまざまなケースをシミュレーションができます。
交渉相手と共創関係になれれば、信頼関係も築けて理想的ですね。
そのために、練習仲間とロールプレイを通して改善し合うことは有効だと思います。
そうした機会を、わたしたちトリニティ株式会社でも提供しています。
昨年、大手企業のご依頼で実施した研修プログラムでは、次期役職候補者の方々が、ディスカッションにおける合意形成・共創スキルを獲得し、部署を越えてリーダーシップを発揮できる状態になることを目的に、以下の実践的なラーニングプログラムを行いました。
・ファシリテーション/ダイアログ(スキルレクチャー・ワーク)
・交渉学(スキルレクチャー・ワーク)
・ディスカッション実践(共通言語を持たない外部メンバーを含めた演習)
この交渉学プログラムは、知財戦略支援を手がけるルーチェIP代表で、交渉学の講師としても活動されている三好陽介さんのご協力のもと、実現しました。専門家である三好さんから対面で実践的なスキルを伝授いただけたことは、参加者の方々にとって貴重な体験だったようです。明日につながる多くのことをお持ち帰りいただけたと思います。
ルーチェIP合同会社
https://www.luceip.com/jp
この記事をお読みになりご関心をお持ちの方へ。
複雑な課題や多様な価値観が交差する時代においては、自らの主張を通すことだけでなく、相手の立場や利益を理解しながら、双方にとってより良い合意を設計する力がますます重要になっています。
交渉学は、役職や職種を問わず、一人でも多くの方が身に付けることで、組織の活性化につながるスキルです。
トリニティでは、商品・事業開発の現場において、多様なステークホルダーとの対話を通じて共創を促進し、合意形成や交渉力を高めるためのワークショップや人材育成プログラムを提供しています。座学だけでは習得しきれない実践的な交渉力を社内に広げる活動を、お手伝いさせていただきます。
ご興味のある企業・団体の方は、ぜひお問い合わせフォームよりご相談ください。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました!
文:トリニティ株式会社・篠﨑美絵
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