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空間デザイン最新動向:ニューノーマルでどう変わるか? 3/3|オフィス編

公開:2021年06月17日 更新:2021年06月17日

トリニティの空間・住設デザインコンサルティング

トリニティでは、価値観とライフスタイル&デザインの定点トレンド調査(クロスオーバー・トレンドレポートテックトレンドレポート)に立脚し、さまざまな空間・住設トレンド調査やプロジェクト支援プログラムを実施しています。新たなビジネスのためのトレンド・市場調査から、アイディア創出のための調査、検証のための調査まで、すべての段階でグローバルに、そしてクリエイティブに実施します。

空間・住設・オフィスのデザインコンサルティング事例

 

  • 「室内インテリアと家電のトレンド分析」(大手デザイン設計事務所)
  • 「住宅のIoTアイディア創出プロジェクト」(大手デザイン設計事務所)
  • 「空間インテリアと複写機のトレンド分析」(精密機器メーカー)
  • 「ミラノサローネ分析レポート」(マルチクライアント)
  • 「ワークスタイルトレンド分析&商品開発支援」(住設メーカー)

このシリーズでは、みなさまの「どんなことが頼めるの?」という声を受け、長年にわたりトレンドのコンサルティングを事業会社に届けてきた弊社のシニアリサーチャーの「読み解き」例を掲載しています。

空間デザインの変容と未来をトレンドで読み解くシリーズの第3回です。第1回では空間デザインの変化の大きな潮流を読み解き、第2回では、具体的な事例をもとに「住宅」空間の変化を読み解きました。
最終回の第3回のテーマはニューノーマルにおける「オフィス」。
新型コロナの影響のみならず、働き方やビジネスの在り方の変化も、オフィスに大きな影響を及ぼしています。あたらしい時代に応えるオフィスとはどのようなものになるのでしょうか?
具体的な事例とその読み解きにより、みなさまの視座高め、拡張する視点をお届けできれば幸いです。
(第3回 / 全3回)

目次

  • オフィスの設計概念として捉えられてきた「ABW」
    テレワークの容認で、空間に縛られない本格的な「ABW」の実現へ
  • ABWの実現でワークスタイルは多様化
    「ワーケーション」が注目され、進化が期待される宿泊施設
  • ニーズの多様化により活性化する「協業」
    社外の人々を招き入れる「共創空間」も必要な時代へ

 

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オフィスの設計概念として捉えられてきた「ABW」
テレワークの容認で、空間に縛られない本格的な「ABW」の実現へ

2014年にオランダのワークスタイル戦略コンサルティング企業、Veldhoen+Companyが、働く人を中心とした次代の働き方として提唱した「ABW」(Activity-based Working)は、近年、日本でもよく聞かれる言葉になりました。
2000年代後半あたりから国内のオフィス設計にも積極的に採用されたシリコンバレー発のクリエイティブオフィスの設計思想(福利厚生の意味合いも兼ね、そこで働く人々が快適に、且つ創造的に仕事ができるよう考案された、コミュニケーションを奨励する開放的な空間構成や、カフェスペースやビリヤード台などのアメニティの設置、ポッドスペース~日本では通称ファミレス席を始めとする多様な形態の執務空間の配置などを具体的な手法とする)が、トレンド化した流れを受け、このABWもオフィス設計の用語として採り入れられるようになりました。
風通しの良さを重んじるクリエイティブオフィスの考えを踏襲し、従来の会議室の他に、ハドルスペースやピッチスペースなどを設け、コミュニケーションの機会を増やすと同時に、それに伴い浮上した一人時間のニーズに向け、集中ブースやリラクゼーションスペース(瞑想空間などの)を新たに設置するなど、「オフィス空間が用途で細分化」される傾向にあります。
ABWの発案者であるVeldhoen+Companyも実際に、その考えをオフィス設計に落とし込む活動をされていますが、ABWとは元々、「時間や場所にとらわれず、仕事内容に合わせて働く場所を自由に選べる働き方」を指すことから、昨今のリモートワークの社会的容認により、この本来の意味で捉えられるようになってくるのではないかと考えます。

ABWの実現でワークスタイルは多様化
「ワーケーション」が注目され、進化が期待される宿泊施設

最近では、観光地やリゾート地で働きながら休暇を取る「ワーケーション」が話題に上っています。2000年頃にアメリカで生まれ、コロナ禍でのリモートワークの普及により、宿泊施設が新事業として展開を進めるなど、既に市場にも動きが見られます。ワーケーションは、企業にとっても有給休暇や長期休暇の取得を促せるメリットがある一方、現時点では、費用負担の問題や労務上の課題もあり、なかなか一筋縄には行かないと思います。ですが、テレワーク手当同様にワーケーション手当のような策が採られるケースが増えれば、また状況は変わってくるかと思います。このワーケーションも本ブログの前回、前々回でお話ししたコト視点で空間が変わることで新しいライフスタイルが創造される考え方が当てはまりそうです。

近年は、宿泊施設にもコワーキングスペースが設けられ、既に「仕事をする」という新たなコトが追加され変容していますが、今後のワーケーションの浸透を見込み、さらなる進展を遂げるのではないかと想像します。旅先での出会いというのもあるので、もしかしたら本当の意味でのコワーキング(共創)スペースに発展するのかもしれません。宿泊施設の今後も気になるところですが、今回は、オフィスに関する考えを共有させていただく回ですので、そろそろ話をオフィスに戻したいと思います。

テレワークの導入で見出されるオフィスの新価値
コミュニケーショ不足で求められる「雑談誘発スペース」

リモートワークの普及で、オフィスを縮小したり、都心から移転するケースが見られています。コロナ禍で社会の景色が変わる中、こうした動きは今後も続くでしょうが、一方で、Mixiのように、出社を基本としながらリモートワークとの融合を図る、マーブルワークスタイルと称した新しい働き方を推進する企業も現れていることから、オフィスの新たな存在意義を求め、今後も維持していきたいと考える企業も少なくはないと思われます。
最近では、テレワーク生活が長く続いていることで、やっぱり直接会って話した方が速いといった生産効率上のデメリットに加え、無駄話もできないことから孤独感を感じてしまう人もいるようです。必要な時に必要な人がそこにいる、人の気配を常に感じられる、そして気分転換になり思わぬアイデアも浮かんだりする「雑談」ができるということ、テレワークを体験してそうした点にオフィスの有り難みを感じる人も多いのではないでしょうか。フリーアドレスの対面式デスクや快適な設えのリフレッシュルームの導入によりインフォーマルコミュニケーションを促進するプランも実行されていますが、むやみやたらと話し掛けられると仕事が捗らないといった問題も浮上しています。そうした観点から、メガネブランドを運営するJINSのソロワークスペースThink Labが誕生するなど、オフィスの外に潜在的な集中ニーズに対応した空間が設けられる動きも現れています。

参考文献:Think Lab MAGAZINE/深く考える時間が働き方を変える https://note.com/thinklab/n/n087218083e95

「雑談」は、業務効率化において不必要に思われがちですが、活き活きと前向きに仕事や生活ができる「バイタリティ」という視点においては、むしろ重要であるようです。そのことを示す調査結果があります。

株式会社電通「全国1万人会社員調査」 https://www.dentsu.co.jp/news/release/pdf-cms/2018088-0904.pdf

それによると、「バイタリティ」を左右する要素を統計的手法にて分析した結果、「睡眠」「雑談」「ちょっと幸せになれる習慣(毎週、自分が幸せになれる活動をあらかじめ予定に組み込む習慣)」という3つの要素が影響していることが分かり、特に「雑談」については、職場で雑談を「しない」人のバイタリティスコアを100とすると、「する」と答えた人のスコアは133と、高い数値を記録したそうです。コロナ禍で自殺者数が増えたことも、雑談不足が一つの要因として挙げられるのかもしれません。非常事態により雑談の健康効果が見出されたこともあり、Slackなどのチャットアプリや、今年に入ってからはClubhouseのような音声SNSアプリなどのオンラインコミュニケーションサービスが注目されています。それらは今後、再び人々がオフィスに戻ってきてもコミュニケーションツールとして定着すると思いますが、現状の対話不足を補っている面もありますので、やはり対面での会話、とりわけ雑談の機会を創出することは、リアル空間であるオフィスの設計において、以前に増して重要なテーマになると思います。
ただ、雑談はミーティングではないので、何時から始めましょうというのでは盛り上がりません。偶然生まれるようにするために、オフィス空間でしたら通路や階段といった移動のためのスペース、仕事から一瞬離れるトイレなどの空間の周辺、コピー機のある雑務用スペースなどの施工費削減の対象になりがちな二次的な空間を「雑談誘発スペース」として再考してみるのも有りかと思います。よく百貨店の各フロアのトイレの手前に同行者が待つための椅子が置かれたスペースが設けられていますが、あのような考えもオフィスに転用できます。

渋谷ヒカリエ/東京ミッドタウン日比谷
画像引用元:左・渋谷ヒカリエ、右・TOTO

逆に座らせないという考えもあります。近年マグネットスペースとして表舞台に立つようになったカフェスペース(旧給湯所)に、立ち話を促す小ぶりのハイテーブルを設置するとか。立呑バーや劇場のカフェコーナーのように長居しないことを前提とした空間のイメージです。コトがシームレスに繋がり、空間の役割の境目が曖昧化する今、オフィス以外の空間で行っていることに目を向けることで、新たな気づきが得られることも多々ありそうです。

Yona Yona Beer Works恵比寿東口店
画像引用元:ヤッホーブルーイング

ニーズの多様化により活性化する「協業」
社外の人々を招き入れる「共創空間」も必要な時代へ

社会や市場のニーズの多様化に伴い、業種を横断した協業の必要性が生まれたことから、社外の人たちとの共創が盛んに行われるようになりました。コワーキングスペースも、様々なバックグラウンドを持つ人たちが同じ空間で仕事をすることで、交流し情報交換し合う場として機能することを目的の一つに誕生しました。近年は、電話ボックスのような個室やファミレス席など、コワーキングスペースの要素をオフィス設計に採用するケースが多く見られますが、これからの企業のオフィス空間には、コワーキングスペースの本来の「協業の場としての機能」を採り入れることが必要になりそうです。協業ですので、ワークスタイルはコミュニケーションが主体となります。そのような場こそ、風通しの良いオープンな造りの空間が相応しいと考えます。

コミュニケーションと集中
それぞれの時間の区切りを付けることも空間設計の役割に

あとは「集中スペース」です。コミュニケーションばかりに時間を取られては、仕事が捗りません。オフィス設計にABWが応用され、オフィス空間が用途で細分化されつつありますが、仕事を離れた自分の時間も大切ですので、就業時間内の個人と対人それぞれの時間の区切りを空間構成によって明快にし、就業時間を有効に活用できるようにすることも必要になると考えます。集中スペースは、今よりも多くした方が良いのでしょう。オンライン会議の普及によりオフィスでの会議の頻度も増すことから、音がだだ漏れしない程度に隔離されたポッドスペースの需要は高まると思います。また、個人のワークスペースも視界を遮らない程度に隔離しても良いかもしれせん。ファミレス席のような籠もれる形態のハドルスペースと同じ空間に配置すれば、集中時間と会議時間を意識的に分けられますし、誰も使用していない間は、ハドルスペースを集中用に使うことも可能になります。(日本人は籠もれる空間が好きなような気がしますし…)

New Normal時代に求められる
働く場所としてのオフィスの新しい「オフィスらしさ」

これまでの話をまとめると、このような空間構成になります。

今とあまり変わりないと思われる方もいらっしゃると思いますが、現状はもっと複雑に入り込んだ構成になっていると思います。オフィスに求められる様々なコミュニケーション(社外の人々を含む協業、会議、雑談)を奨励し、個の集中時間も丁寧にケアする。そうしてオフィスで過ごす時間を効率的、且つ創造的に「マネジメント」することが、New Normal時代のオフィス設計に求められるのではないでしょうか。

 

コワーキングスペースを始め、駅や商業施設などのオフィスの外に働く場所が点在し、在宅勤務やワーケーションといったオンとオフがシームレスに繋がる空間でのワークスタイルも受容される中、オフィス空間には働く場所としての新しい「オフィスらしさ」が必要になります。あらゆる空間がコトの掛け算や引き算により新たな価値を創出する一方で、オフィスは少し原点回帰する必要があるのかもしれません。その反面、テレワークの普及や協業の活性化などの環境の変化を受け、進化することも大切です。その進化のヒントは、オフィスの外にあるでしょう。様々な空間やそこで行われるコトを観察し、情報力を高めることも手札を増やす鍵となると思います。

 

3回にわたる本連載は、今回が最終回です。ただ思うことを書き連ねましたが、みなさまの心に留まるようなことがあれば幸いです。

この記事は全3回で構成されています。その他の記事はこちらからご覧ください。

 

空間デザイン最新動向:ニューノーマルでどう変わるか?

 

・第1回 導入編

 

・第2回 住宅編

 

・第3回 オフィス編

文責

篠崎美絵

トリニティ株式会社 執行役員 / デザインコンサルタント・クリエイティブ・ディレクター

インテリアデザイン事務所でファッションブランドのブティックをはじめとする商業空間の内装設計に従事。
ミラノ工科大学にてデザイン戦略のマスターコースを取得後、2003年にトリニティに入社。
デザイン、カルチャー、ライフスタイルの観点から消費者価値観や市場の潜在ニーズを洞察し、
具体的な商品/デザイン開発のアイデア創出のためのコンセプトシナリオ策定、及び
トレンド分析を行うデザインコンサルティング業務を担当。

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