トリニティ株式会社

2017年ミラノサローネ回想録「モノがあってこそ、この感動!」

公開:2017年5月8日 更新:2017年5月8日

先月、56回目となるミラノサローネが開催された。
私がミラノサローネに初めて視察に出かけたのが、20代半。
当時、家具国際見本市の会場はミラノ市内にあり、現在のペロー市の半分以下のスペース。

また、街中では、現在のような数々のイベントが展開されていたわけではなく、
インテリア関連のショップだけが新作コレクションを展示し、
上顧客や国内外からのビジネスクライアントをもてなしていた。
そのようなショップでは、朝から晩まで上等なワインが振る舞われ、
ふんだんなフルーツやスイーツ、そして簡単なケータリングまでを揃えて、
それを食しながらの商談の姿は、まだ仕事のキャリアが浅い私には大変に刺激的で、
ミラノのデザインソサエティに憧れを強くした。
それから早、30年。

時の経過と共に、私達の価値観やビジネス環境は大きく変容し、
サローネも街中のフゥオリサローネもより活気を呈し、ダイナミックになった。
云うまでもなく、家具インテリアの業界のイベントというよりも、
サローネはすでに衣食住遊知移動など、
あらゆるインダストリーに於けるデザインの未来宣言の時空の場となっている。

ミラノサローネの「視察の目線」は、いろいろあって、
勿論、弊社が日経BP社(日経デザイン誌)と共に重ねて実施している
「デザインCMFトレンドセミナー分析」などは、デザインのトレンドを見る〜という
王道なる「視察目線」ではあるが、これに留まらず、
「デザインでブランディングをけん引」する事例を見て歩いたり、
「次の時代を担う、若手デザイナーにはどんな顔ぶれが揃っているか」などを探し求めたり、
視察の目線によって、サローネはいろいろ楽しめる。
サローネに集まってくるビジターの国籍から、その国の経済状況も伺い知ることも出来る。
現在は、中国からのビジターはすでに普通。インド、中東からのビジターが目につく。
数年前だと韓国、ロシアのビジターの増加が注目されていた。

さて、サローネを終えて早1か月。
沢山のコト・モノがおもちゃ箱のように詰め込まれたサローネは、その報道もひと段落した。

私がひとつ、今も忘れられないのが、創業1912年の高級家具メーカーで、
80年代からはランチアテーマはじめ車のシート表皮も手掛ける
ポルトローナ・フラウ社とトリノのカロッツェリアのピニファリーナ社のコラボ。

この情報を事前に知った時、この両社のコラボはそれぞれがビッグネームで、
なんの意外性もないので、視察を飛ばしても良いかな、、と思ったほど。
ところが、ついでに〜と思って入った国際見本市会場でのポルトローナ社のブースで、
その期待は嬉しく裏切られた。

コラボだけが別コーナーになっていて、
そこに佇んでいたのは、まるで車のシートが綺麗に切り取られたかのようなオフィスチェアだった。
その名もコックピット・チェア。

丁寧になめしが施された上質な革、その色の表情。
ピニファリーナを誇示しない(?)小さ目のロゴの型押しの品格。
カーボンファイバーの座面のベースと革の「あわせ」の丹精なこと!
ステアリングホイールを活用したと思わせる包容力ある座り心地。
まちがいなく、オフィスチェアとして、アーロンチェアの次に来るものだ。

この心の騒ぎに、早速翌日は、街中のポルトローナ社のショウルームに行ってみた。
そこでは、ショウルームの一番奥に、黒く光りを遮った部屋があり、その中に入ってみると
ただひとつ、真っ白い革のコックピックチェア。
その背座のところだけにプロジェクションマッピング。
デザイナーのスケッチから始まるその映像は、のちに椅子の構造を見せ、
そして背座の張地バリエーションを展開し、アート的な表現に移り変わっていく。
ほのかな革の匂い、しっとりとした革の風合い。心地よい音楽も流れていた。
昨日展示会場で見て、触ったモノとしての感動に、この映像が重なる。

これがただ、プロジェクションマッピングであったなら、ここまで心を奪われなかっただろう。
まず、椅子の完成度があって視覚、触覚、嗅覚、聴覚をゆさぶり、
プロジェクションマッピングにより椅子のもつ世界感が広がる。
五感を超えるイマジネーションの世界。
そのゾクゾク感は、言葉にならないほど。

ヒトの感覚は、現在は五感どころか細かく分類すると20余りあるそうだ。
このヒトの感覚を引き出して心を躍らせることこそ、まさにデザインの仕事。
戦略やメソッドも勿論重要な昨今だが、
心に届くモノを創る行為もまた、デザイナーならではのプロフェッションだ。

文責:
湯浅保有美(トリニティ デザインプロデューサー)

写真:
藤原亮子