こんな方におすすめの記事です
・デザインの手法は、自分の現場には関係ないと思っている
・デザインリサーチがどんな場面で使えるか、実例を知りたい
・アンケートの結果だけでは、現状が見えてこないと感じている
・ビジネスや現場の複雑な課題を根本的に解決したい
自己紹介
はじめまして、トリニティの新米デザインリサーチャーの石黒と申します。
この度3月にトリニティに入社し、初めてブログ記事を執筆することになりました。
トリニティに入社する以前は都市銀行に勤め、直近2年間は、日本からみて地球の反対側に位置する中南米の国メキシコに駐在しておりました。
いわゆる“デザイン”から想起されるイメージとは程遠い金融業界にいた私が、なぜデザインに意義を見出しトリニティに入社したか、当時駐在していたメキシコの経験を交えながらご紹介できればと思います。
駐在していたメキシコグアナファト州の州都グアナファトの風景
メキシコでは銀行業務から離れて、日系自動車製造業のメキシコ現地法人に出向し、製造保全部門(自動車を製造するラインの機器の品質管理・故障時の修理を行う部門)で約1年半の間、業務オペレーション改善・製造コストの管理を担当しておりました。
金融機関出身ながら製造業現場での業務は刺激的で毎日「現場に全てがある!」という思いで工場の様子を伺っていた日々を懐かしく感じます。
製造ビジネス現場における課題:離職率
私が出向していた企業の製造保全部門ではいくつもの課題を抱えておりましたが、特に重要度も緊急度も高い課題として挙げられていたのが、工場で働く直接労働工社員の人材流出についてです。
オペレーション効率やスケールメリットを活かした米国系の自動車製造企業がより高い給与水準を提示し、経験を積んでいったワーカーの方たちが転職する、というのはメキシコに進出する日系企業において共通する悩みの一つとして挙げられます。
突然ですが、ここでみなさんに質問です。
もしみなさんが、とあるモノづくり企業のとある工場長だったと仮定し、
「工場で働くワーカー社員がすぐに辞めてしまうのです。」
という悩みを部下のマネージャーから聞いたときに、どのような状態をイメージし、どのような手段をとらなければいけないと想像するでしょうか。
「給料が低い or 上がりづらいから辞めるのでは?→給与を上げなければいけない。」
「労働時間が長いから辞めるのでは?→作業効率を改善しなければいけない。」
「労働環境が悪いから辞めるのでは?→働き方改革をしなければいけない。」
結論、これらは全て正解だと思います。
私が担当していた、製造保全部門で200人規模の直接労働工社員の皆さんに職場アンケートをとった際、そういった意見や不満もたくさん出ていました。
画像出典:ウォールストリートジャーナル「NAFTA再交渉、自動車分野は時給16ドル巡る攻防に」
ところが、所属部門の上司と私は「本当にそれでいいのだろうか?」と考えました。
特に議論に上がったのは、
「給料をあげることも必要だが、次は他社がまた給料をあげて、を繰り返していたちごっこだよね?」「彼らにとって給料以外に何がやりがいにつながるのだろうか?」「どうすれば心から企業を好きになってくれるのだろうか?」といった、問題の深堀が必要という意見でした。
たしかに、離職率を改善するには給与水準の向上は欠かせません。
スペイン語の研修も積ませて頂いたので、現地のワーカーさんたちとスペイン語で会話をする機会も多かったのですが、求人に関しては結構シビアなようで、1時間あたり1ペソ(約6円)でも高いと他社に転職してしまうという状況でした。
離職率の問題はどこの日系企業も抱える課題です。 定着率を高めることは、研修コストや教育コストなどの固定費削減に繋がります。また、自社製品への愛着が最終アウトプットとなる自動車のクオリティを担保するという品質保証の観点からも重要であるという認識をもっていました。
SDGsにおける人権のあり方について
一方で、当時の上司と私は毎週末、メキシコと日本の価値観の違いや行動特性の違い、ひいては生活水準の違いについて議論をしていました。
当時、日本においてESG投資の重要性が叫ばれ始め、グローバルサプライチェーンでの人権問題が企業価値判断に影響を与えるという話題がニュースになっていたことが、こういった議論に拍車をかけていたのです。
参考「「現代奴隷」が経営を揺るがす」(日経ESG)
海外で自国対比安い労働力を確保し、商品を生産することは、コストパフォーマンスの向上に繋がるため、全世界の製造業における王道のセオリーですが、だからといって人権を軽視するべきではないという認識を私達は強くもっておりました。
最近青山学院大学において、日本初の人権を学ぶ「ヒューマンライツ学科」が誕生しましたが、
SDGsへの関心の高まりとともに人権に対する考えも変容しつつあります。もしかしたら、現在はビジネスのサプライチェーン上、当然だと思われていることも、近い将来には違和感を覚える仕組みとなる可能性もあるかもしれません。当時の私たちは、企業側からの目線だけではなく、従業員の目線・メキシコ社会からの目線で見たときの理想的な姿は何だろうという議論を繰り返していました。
離職率改善に対するデザイン思考的アプローチ:デザインリサーチ
そういった時代や環境の変化も踏まえつつ、当時の上司と私は直接労働工の皆さんの心理を探るためにデザイン思考が活用できるのではないか、と考えたのです。
「ロジカルな改善活動やいわゆる機能的な差別化では、顧客(ユーザ)に商品やブランド価値を訴えることが出来ない」
というのはデザイン思考の重要性が語られる文脈でよく登場する考え方だと思います。
この事例に置き換えると、ユーザーにあたるのは、現地採用の直接労働工のみなさんですが、彼らに対し、機能的な側面(給与や福利厚生、業務量)だけでは働くことの価値を伝えることは出来ないのではないかという考えを持っていました。
書籍を通じてデザインリサーチの重要性を感じていた私は、工場で働くことの何に価値を感じるか、何に不満を感じるかを徹底的に洗い出したいと考えておりました。いわゆる行動調査の実施です。
デザインリサーチの重要性を知るきっかけになった書籍たち
「サイレント・ニーズ ― ありふれた日常に潜む巨大なビジネスチャンスを探る」, ヤン・チップチェイス, 2014
「Change by Design: How Design Thinking Transforms Organizations and Inspires Innovation」, Tim Brown, 2009
「Thoughtless Acts?: Observations on Intuitive Design」, Jane Fulton Suri, 2005
デザインリサーチとは、デザインリサーチャーJan Chipchase氏の言葉を借りると
「消費者の実生活と理想の生き方、日々直面している困難、利便性や費用、満足のバランスをどこでとっているかということが分かる。実際に消費者と話をする際には、こうした周辺環境の調査によって学んだことが、統計からはまず得られない助けとなって理解を深めてくれるだろう。」
つまり、血の通っていない数字やデータからは覗くことが出来ないユーザーや消費者の真の姿を明らかにするためのリサーチです(余談ですが、数字やデータは意義のあるものです。これらをいかに血の通った情報として取得できるかを目指し、トリニティでは設問項目の設計や分析方法、読み解きにも工夫を凝らしています)。
デザインリサーチの中には、ユーザーの動きを精緻に観察するエスノグラフィ調査やユーザーを巻き込んでのワークショップ、実際のユーザーの行動を追体験するシャドウイングなどプロジェクトのフェーズや目的に適した様々な手法があります。
このときは、事前に200人にとった職場アンケートでは見えてこない真の思いを掴むために、デプスインタビューが有効だと判断し、社内で1~2時間×15名のユーザーインタビューを企画・実行しました。
このインタビューの結果、浮かび上がってきた直接労働工のみなさんの特筆すべき価値観は
「週末、我が家で家族と過ごすことは日本とは比べ物にならないぐらい重要である」
「給与や業務量だけでなく、家族にどう思われるか、大黒柱としてのかっこいい姿が重要である」
の2点でした。
日本でいうお盆にあたるメキシコ伝統の“死者の日”には、家族・
親戚一同が墓地に集い、一晩中かけて先祖へ思いを馳せる。
画像出典 ¿Cómo llegar a Mixquic para celebrar el Día de Muertos?(mediotiempo.com)
このインサイトを掴んだ私たちは、世間に対してではなく社員に向けたブランディングやイメージ向上のためのインナーブランディング施策を講ずることに舵を切りました。
この2つの洞察は、ロジカルに片付けることが出来ない場面が多い現場において、一つの拠り所となりました。
言い換えると、給料も労働時間も労働環境もすべて解決しなければいけないイシューであったものの真っ先に解決しなければいけないイシュー=“社員の家族からのイメージ改善”ということが分かり、プロジェクトの方向性を定めることが出来たということです。
私たちははじめ、アンケートの結果という定量データだけで社員の姿をつかもうとしました。しかし、社会の変化や私たちのあるべき姿についての議論を繰り返し、アンケート結果だけを拠り所とすることへの違和感から、さらにデプスインタビューを行うことにしました。その結果、当初用意していた定量データだけでは把握できていなかったリアルな実像をつかむことが出来たのです。
「定量データ」だけで課題を把握するのではなく、深く議論し、多面的な把握を行うことで、真の解決するべき課題に到達できたことは貴重な体験でした。これは、複雑で一筋縄ではいかない現場での課題解決において重要な気づきとなりました。
まとめ
以上がメキシコでデザインリサーチの重要性を体感したエピソードですが、この駐在経験を通じて、私の中で芽生えた思いは3つあります。
この3つ思いを達成することが出来ると感じ、トリニティに入社しました。
トリニティはあまりメディアで取り上げられる機会も少ない会社なので、複数回採用面接を重ねたものの、正直どんな会社か分からずに入社したというのも事実です。
デザイン思考がバズワード化していることもあり、もしかしたらこの記事の読者の方の中には、トリニティに対し、「映画『ソーシャルネットワーク』のような超速コミュニケーションを通じて、シリコンバレー風にイノベーティブなサービスを生み出す集団」というイメージをお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。
実際は、コロナ禍による定例オンライン会議でも笑いが絶えず、思ったよりもアットホームな現場です(笑)。
とは言いつつも、トリニティで働いている方は感性工学の元研究者、定量定性デザインリサーチ全て手掛けるリサーチスペシャリスト、建築のバックグラウンドを持った方、元デザイナー、コピーライターなど多様な人間で、それぞれの知識をつなげながら活かし、仕事に打ち込む姿を見ると、「早く自分も一人前にならねば。」という思いが強まります。
少数精鋭ながら案件の規模は大きく、社会に対してより多くのインパクトを与えられることを強く実感致しました。
あれもこれもと欲を出して注意散漫になりやすい性格なので、まずは金融の知識を活かし、目の前の業務から着実に取り組むことで、成長していきたいと考えております。
最後に:デザインリサーチの今
今回紹介させて頂いたのは、デザインリサーチにおけるデプスインタビューという手法です。
トリニティでは、デザインリサーチに限らず、定量的なマーケティングリサーチも含めた様々な手法を織り交ぜ、ビジネスの段階や目的・規模にあったリサーチの実施とその読み解きを得意としております。
現在、新型コロナの影響により、渡航や対面での調査が制限されている状況ですが、
オンライン技術の発達により訪問せずに定性調査が可能になっています。トリニティでは、デザインリサーチを始め、ZOOM、LINEなどの遠隔対話ツールや、動画記録を用いてオンライン調査を行っています。
(実際の現地訪問に比べてのメリットやデメリットについての解説は、「デザインリサーチ 資料:今まさに大きく変わる価値観を グローバルに読み解き、 社会のリ・デザインへ(別ウインドウでDLページが開きます)」で解説していますので、ぜひご参考になさってください。)
今まさに大きく変わる価値観を グローバルに読み解き、 社会のリ・デザインへ
資料DL:請求フォーム(別ウインドウでDLページが開きます)
トリニティは世界15か国に調査拠点を持ち、メーカーの新規商品開発パートナーとして過去20年調査業務を実施。特に新興国でエスノグラフィを用いた調査をひろく行っています。
「行動観察で得られた情報と他エビデンスの情報を掛合わせて生活者インサイトを洞察する」、「我々日本人には分からない現地の文化的な背景を重ねながら読み解きを行う」など、トリニティのエスノグラフィでは、現地デザインリサーチャーの豊富な知見を活かして共同で結果を読み解き、また私達が把握するグローバルな価値観動向と照らし合わせながらレポーティングを行っています。
文責
石黒良平
トリニティ株式会社 デザインリサーチャー
一橋大学経済学部経済学科 卒業(2015年)。
都市銀行に入行後6年間務め、現職。
中小企業向け法人営業・本店海外市場調査の部署にてビジネスファイナンススキルを身に着ける。2018年末から2020年末の2年間はメキシコに駐在し、自動車メーカーへ出向、コスト管理・内部統制業務を主に担当。出向先にてユーザーインサイトの発掘から事業開発まで手掛けた経験をデザインリサーチ業界にて活かす。現職では、デザインリサーチ業務を担当。