「見えない資産」を企業価値に変える
——『最強の武器はデザインである』出版記念イベント
公開:2026年9月11日 更新:2026年9月11日
知的財産とは、人間の創造的活動によって生み出されるものです。そして無形資産とは、企業価値の源泉となる「形を成さない資産」のこと。特許権などの知財はもちろん、ブランドや人的資本もこれに含まれます。
この無形資産は、放置しておくと宝の持ち腐れになってしまいます。社会が求めるものは常に移り変わるため、無形資産もまたアクティブであり続ける必要があります。
そこで重要になるのが「デザイン」という行為です。
デザインというと、商品の意匠や機能を設計するデザイナーの仕事だと思われがちです。しかしここで言う「デザイン」は、モノの意匠や機能設計の枠を超え、事業からブランド、人財、そして社会における組織の役割にまで及ぶ「広義の設計・創造」を意味します。
近年は、人や社会を中心に据えて課題を定義し、解決策を導き出す「デザイン思考」があらゆる業種に広まったことで、その認識も徐々に変わりつつあります。とはいえ、意匠設計などの「狭義のデザイン」に対して、事業や組織、経営も対象とする「広義のデザイン」と説明すると、かえってわかりにくくなる方もいらっしゃるかもしれません。ビジネス用語の「グランドデザイン」(将来の目標や目指す姿の実現に向けた全体構想)を思い出していただくと、理解が深まるのではないでしょうか。
かねてより「広義のデザイン」の実践レベルでの浸透に努めてきたトリニティでは、デザインコンサルティング業務の新たな機軸として、無形資産(=広義の知財)をデザインという行為によっていかに企業価値へ昇華させるか、という取り組みを進めています。
この活動を様々な業種・職種の方々に共有すべく、このたび書籍『最強の武器はデザインである』を出版しました。知財のエキスパートである一般財団法人知的財産研究教育財団・知的財産教育協会 事業部長の近藤泰祐氏と、弊社CEOの湯浅保有美が、互いの専門的な視座から意見を交わしてまとめた一冊です。組織の今後を担う次世代リーダーの皆さまに、ぜひお読みいただきたいと思っています。
この出版を記念し、日本デザイン振興会リエゾンセンターライブラリー様、書籍の出版を手がけていただいた株式会社グラシア様のご協力のもと、9月2日に東京ミッドタウンのリエゾンセンターライブラリーにてイベントを開催しました。当日は約80名の方にお越しいただき、「知財×デザイン」というテーマへの関心の高さを改めて実感しました。お集まりいただいた皆さまに、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
知財×デザイン 見えない資産がビジネスを強くする!
イベントは、デザインの潜在力を多くのビジネスリーダーに知っていただくこと、そして異なる専門性を持つ参加者同士に仲良くなっていただくことを目的に開催しました。ここからは、その模様をお伝えします。
なぜ、今、「無形資産」と「デザイン」に注目すべきか——著者・近藤泰祐氏×湯浅保有美によるクロストーク
一般財団法人知的財産研究教育財団の事業部長である近藤泰祐氏は、知的財産に関する国家試験の運営を本業とし、検定試験合格者がその知見を経営の現場で活かすための知的財産アナリスト講座の運営も手がけています。加えて、経済産業省・特許庁による「デザイン経営宣言」の発出に伴い内閣府がリリースした「経営デザインシート」の普及活動にも尽力される、いわば知財とデザイン経営、双方のエキスパートです。
一方、湯浅は、イタリアのデザイン教育機関「ドムスアカデミー」の日本機関開設に携わり、欧米のデザインコンサルティングを体現した後、1997年にデザインコンサルティング会社トリニティを創業。長きにわたり「広義のデザイン」の啓蒙に従事し、近藤氏らと共に一般社団法人デザイン経営推進機構の立ち上げにも関わっています。デザインを「社会のOS」にして、日本を元気にすることを目指しています。
『最強の武器はデザインである』の誕生経緯
両者のオフィスが同じビル内にあるというご縁もあり、この10年ほど、専門分野を超えて仕事をする中で互いの「モヤモヤ」を共有するようになったことが、共著のはじまりでした。
近藤氏のモヤモヤ
社会の不確実性の高まりは、コロナ禍で決定的なものになりました。そんな中、人材育成の現場では「正解を教えてほしい」と求める受講者ほどうまくいかないという現実に直面します。そこで、知財人財、そして生成AI時代に役割の再定義を迫られる人たちにこそデザインの力が効くのではないか——そんな直感を持たれたそうです。
湯浅のモヤモヤ
日々のクライアント企業との対話の中で、デザイン開発や商品開発以外の仕事でも、デザイン的な考え方や行動様式が役立つという実感を積み重ねてきました。ただ、それはまだデザイン従事者が暗黙知として共有するレベルに留まっており、言語化する必要性を感じていたと言います。
近藤氏と湯浅はこの問題意識を共にし、株式会社グラシア様のご協力を得て、書籍の出版に至りました。
知財×デザインが、組織にもたらす効果
オープニングの挨拶で、日本デザイン振興会理事長の深野弘行氏は、昨年の大阪・関西万博のテーマが「いのち輝く未来社会のデザイン」であったことに触れました。経済産業省・特許庁が2018年に発表した「デザイン経営宣言」では、「デザインは、企業が大切にしている価値、それを実現しようとする意志を表現する営み」と定義されています。本書のテーマである「ブランドを育て、イノベーションを生み出し、企業の価値を形にする武器としてのデザイン」は、経営者への重要な問いかけになっていると深野氏は述べます。環境問題など地球規模の課題がある中で、デザインには需要喚起や大量生産・大量消費だけを目的としないあり方が求められているのではないか、という提言もいただきました。
知財もまた、デザインと同様に広義になっている——そう近藤氏は指摘します。2002年に施行された知的財産基本法では「ビジネスに役立つ情報はすべて知的財産」と定義されており、そこには「暗黙知」も含まれます。特許権・実用新案権などの知的財産権、発明や著作物、ブランドといった狭義の知財に加え、技能・組織文化・経営理念・信用・評判・暗黙知に至る広義の知財が無形資産であり、これらが企業固有の「らしさ」の源泉になると説かれました。
製品の品質はコモディティ化し、人々は消費に「意味」を求めるようになっています。AIには読み込まれない、模倣困難な暗黙知や「らしさ」が競争優位性になる。さらに、高市政権は企業の時価総額に占める無形資産の割合の引き上げを訴え、見えない資産をメカニズムに変えていかに継続的な利益を生み出しているかの開示を求めています。株式市場の機関投資家らも、無形資産を将来キャッシュフローの先行指標とし始めています。
こうした環境下で無形資産の重要性は増しており、財務諸表のバランスシート(貸借対照表)に表れない無形資産をデザインすることが、企業の未来を創造する——著者はそう語ります。具体的には、組織が一丸となるビジョンを策定しエンゲージメントを高めること、ブランドの「らしさ」を可視化してステークホルダーとの対話を促進すること、さらには知財を権利取得の枠を超えて文化醸成の域まで引き上げることなどに、デザインの力が活かされるという考えです。最近では、統合報告書の作成にデザイン組織が関わる動きも見られると言います。
無形資産をデザインする——その思考法や行動様式とは?
「デザインする」と言っても、実際にどうすればよいのか戸惑う方も多いでしょう。ここからは湯浅がバトンを受け、新たな意味と価値を生み出すためのマインドセット「5つのデザイン態度」について解説しました。
① 表面の「課題」に惑わされず、「問い」を磨く
② 曖昧で悶々とする状況を受け入れ、答えのない状態にとどまる
③ フレームワークの追随をやめ、まずトライして走りながら軌道修正する
④ 客観的なFACT評価ではなく、「自分は、これから・どうありたいか」という主体的な視点を持ち続ける
⑤ 言語化されたニーズだけでなく、五感を通じた体験を重視する
とりわけ重要なのが④の態度です。デザイン従事者は普段から主体的な視点で発言することが多い一方、知財や法務に携わる方々は客観的な評価に慣れているため、なかなか自分個人の意見を出さない傾向がある。しかし未来を創造していくためには、まず「自分はこうしたい」と思うことを言葉にすることが大切ではないか——そう指摘しました。
それでは、未来創出に必要なアクションとは何でしょうか。湯浅は3つの行為を挙げて説明します。
イシュー
「課題を解く」前に、解くべき問い自体を磨き、課題の本質を探ること
バックキャスト
「ありたい未来」を先に描き、今やるべき行動を逆算すること。不確実性の高い時代だからこそ、この未来志向のマインドセットが必要とされます
アブダクション
仮説的推論。現場の観察・洞察から推論し、仮説を立てる直観的な行為で、様々な可能性を導き出せます。想像力が試される考え方です
これもまた、正解のない不確実な時代に有効な、デザインならではの思考と言えるでしょう。ここまでのお話のさらに詳しい内容は、書籍に書かれています。ぜひお手に取ってみてください。
ありたい姿を思い描く——未来創出のはじめの一歩
未来創出の話題に及んだところで、近藤氏から参加者にクイズが投げかけられます。
実はこれ、ひっかけ問題。下の線の方が少しだけ長いのです。挙手を求めたところ、正解した方はごくわずかでした。
私たちは、これまでの常識や成功体験に囚われて物事を判断してしまう。未来を創り出すには、過去にロックオンされずに考えることが肝心です。自分はこうしたいという内発的動機に基づく「ありたい姿」を具体化すると、おのずとその実現に必要な情報が見えてくる——近藤氏はそう説きます。
この「ありたい姿」、簡単なようで描き出すのはなかなか難しいものです。特に公務員や銀行員といった、正確さが求められる職業の方々からはなかなか出てこないと言います。
・本当にやりたいことが分からない
・周囲の期待が混ざる
・できる・できないを考えてしまう
・正解を探してしまう
この4つの壁が邪魔をし、「ありたい姿」はいつの間にか「あるべき姿」にすり替わってしまいます。
では、「ありたい姿」の正体とは何なのか。近藤氏が導き出した答えは、自分の価値観や美意識を最も実現できる未来ということ。そこには、自分の価値観にとって意味があると感じる心の動き、つまり「ワクワク」があるはずです。
そこで参加者の方々には2人1組になっていただき、それぞれの「ワクワク」について語り合っていただきました。
中長期での企業価値向上に向けた知財・無形資産の重要性——株式会社シクロ・ハイジア代表 小林誠氏のゲストトーク
参加者同士の対話で場が和んだところで、株式会社シクロ・ハイジア代表取締役CEOの小林誠氏が登場します。「世界トップ知財戦略家300人」に2016年より8年連続選出されている小林氏から、経営戦略の観点で知財・無形資産の重要性についてお話しいただきました。
まずご紹介いただいたのが、2025年ノーベル経済学賞受賞のフィリップ・アギヨン氏の言葉です。知財制度は「独占を認める道具」ではなく、「古い企業を新しい企業に置き換え続け、社会の活力を維持する動的な成長メカニズムの調整ツール」である——知財というとブランドを守る権利のようなイメージを持たれがちですが、成長をドライブする動的な仕組みであるべき、という見解です。
規模と量産が市場のニーズだった昭和の時代には、設備投資や海外展開など、対応策も明快で単純な話で済みました。しかし令和の今は、経済的価値と社会的価値の両立、グローバル化と経済安保など課題が複雑化し、「正解のない」状態になっています。むしろ、それぞれの企業が「独自の正解をつくる時代」ではないかと小林氏は提唱します。
そのためには、世の中のトレンドを追い続けるだけでは生き残れません。自ら経営をデザインし、新しい価値を生むこと、変化に対応する強靭さを持つことが必要です。自社の“目には見えない特徴”を未来の利益と競争力に変えるもの——それが「無形資産」です。
近年は政府の後押しもあり、企業の統合報告書でも無形資産が重視されるようになっています。投資家もまた、企業の研究開発や人財への投資を重要な評価対象としています。企業価値の本質は「企業価値=期待値(将来性)×現金(ビジネスモデル)×信用(ブランド力)×時間(成長と競争力)」。小林氏は、これらの設計にはデザイン思考力が不可欠であり、そのための人財育成が急務であるという提言でお話を締めくくられました。
学びの場のご紹介、そしてネットワーキングへ
実践型スクール「DXDキャンプ」と、デザイン塾「JDPイナバデザインスクールトーキョー」
トリニティ株式会社では、未来を構想し、事業課題を創造的に解決する力を高めることを目的とした実践型スクール「DXDキャンプ」を展開しています。企業の無形資産をデザインすると同時に、それを行う人自身が無形資産となる人財の育成にも取り組んでいます。本イベントで司会を務めた弊社の小澤由香から、この場を借りてご紹介させていただきました。
続いて、日本デザイン振興会 事業部課長の川口真沙美氏より、リエゾンセンター主催の「JDPイナバデザインスクールトーキョー」をご紹介いただきました。デザインの思考を日々の生活や仕事に活かしていただくための、少人数制・無料のデザイン塾です。デザイナー・非デザイナーを問わずご参加いただけ、月2回開催されています。ご興味をお持ちの方は、ぜひお問い合わせください。
本日のメインイベント「ネットワーキング」
イベントの最後を飾るのは、参加者同士の交流会です。お集まりいただいた方々は業種も職種も多様で、普段なかなかお会いすることのない間柄であるにもかかわらず大変な盛り上がりを見せ、お開きの時間が来てもお話が尽きないご様子でした。ホストである私たちもそれを望んでいましたので、嬉しい限りです。お越しいただいた方々に、あらためて心より御礼申し上げます。
(文:篠﨑美絵)
長くなりましたが、イベントの模様をお楽しみいただけましたでしょうか。トリニティでは、このように多様な方々にお集まりいただき、視野を広げていただく場を不定期に開催しています。この記事をお読みいただき、ご興味をお持ちいただいた方には、ぜひ次の機会にご参加いただければと思います。
また、知財・無形資産のデザインについてのご相談も受け付けております。ぜひお気軽にお問い合わせください。
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