ミラノデザインウィーク2025レポート ―デザインは“触覚”と“対話”の時代へ―
公開:2024年05月29日 更新:2024年05月29日
毎年4月、イタリア・ミラノで開催される世界最大のデザインイベント「ミラノデザインウィーク」。フィエラミラノ会場で行われる「ミラノサローネ国際家具見本市」と、ミラノ市内各地で展開されるフォーリサローネが同時開催され、世界中のデザイナーやブランド、企業が一堂に会します。
63rd Salone del Mobile.Milano 会場風景/©Giulia Copercini
今年で63回目を迎えたミラノサローネは、37カ国から2,100社を超える出展があり、来場者数は約30万人に達しました。来場者の約68%が国外からの訪問者で、日本からの参加者数も前年の20位から13位へと上昇するなど、国際的な注目度の高まりが感じられる回となりました。
2025年のテーマ:「人間のための思考」
今年の公式テーマは「Thought for Humans.(人間のための思考)」。その名の通り、テクノロジーや装飾性を超え、デザインの原点に立ち返るような、身体性や素材感、空間との対話を重視した展示が数多く見られました。サローネサテリテでは、700名を超える若手デザイナーが出展し、日本のデザインスタジオ「SUPER RAT」が最優秀賞を受賞したことも話題に。
「サローネサテリテ アワード1位受賞作品『Utsuwa-Juhi Series』/©Super Rat」
体験とストーリーテリング
今年の展示で特徴的だったのは、視覚的な演出に加え、「物語を体験させる」パフォーマンス型インスタレーションが多く登場したことです。たとえば、ロロ・ピアーナとディモーレ スタジオによる初のコラボレーション作品「La Prima Notte di Quiete」では、70年代のミラノの邸宅を舞台に、音・光・空間で構成された没入型体験が話題を呼びました。
「Loro Piana × Dimorestudio による没入型展示/©Loro Piana」
70年代ヴィンテージと交流の空間
インテリアトレンドとして顕著だったのは、70年代の自由で華やかなスタイルの再解釈。MinottiやBaxter、Molteni&Cといった大手ブランドは、ヴィンテージ素材や暖色系カラーを活用しながら、開放的で会話が生まれるようなモジュール型ソファや円形空間を提案しました。Marimekko×Laila Goharのコラボレーションでは「ベッドで過ごす日常」にフォーカスした展示も印象的でした。
(左)「Minotti による温もりある素材の空間演出/©Minotti」、
(右)「Baxterの『West Coast Aesthetics』展示/©Baxter」
「Marimekko × Laila Gohar『All the Things We Do in Bed』/©Marimekko」
注目のブランドと空間体験
Cassina、Minotti、Molteni&Cといった老舗ブランドは、素材と形状にこだわりながら、現代のライフスタイルに寄り添ったプロダクトを発表。Louis Vuittonは新たにホームコレクションを立ち上げ、ブランド哲学を空間として体現しました。また、Elle Decor Italiaによる幻想的な展覧会「Alchimia(錬金術)」では、京セラの水性プリント技術が採用され、日本企業の技術力と美意識の融合が垣間見えました。
(左)「Cassina『Staging Modernity』インスタレーション/Photo by Omar Sartor ©Cassina」、
(右)「Minottiのミッドセンチュリースタイル空間/©Minotti」
「Molteni&C による新拠点『Palazzo Molteni』/©Molteni&C」
今年の色と素材は、柔らかさと深みの共存
色彩では、ミルクティーカラーや赤みを帯びたブラウン、フォレストグリーン、コバルトブルーなど、落ち着きと温もりを感じさせるカラーが多く見られました。素材では、光沢のある木材やクラフト的な陶器、柔らかなベルベットなどが多く使用され、質感と手触りを重視した傾向が顕著でした。
「ベージュグラデーションが印象的な空間/©Minotti」
「ウッドやメタルの質感を際立たせた空間/©Baxte」
フォーリサローネに見る自動車ブランドの回帰
フォーリサローネでは、Range RoverやMaserati、Lexusなど自動車ブランドの出展も多数。インテリアやモビリティの未来像をアートや体験で表現する展示が注目を集めており、テクノロジー一辺倒から「人と空間」「触れる時間」への回帰が感じられました。
「Range Roverによる時空を超える展示/©Range Rover」
触れること、対話すること——身体と空間が再びつながり始めている
2025年のミラノサローネ/ミラノデザインウィークは、「人間のための思考」というテーマに象徴されるように、デザインの役割を再び人間の身体や感覚の側に引き戻す動きが強く感じられました。
ここ数年で浸透したAIやスマートデバイスといったデジタル技術は、今や空気のように存在しつつも、展示の中心からは一歩引き、むしろ「静けさ」や「手ざわり」「物語性」といった、五感に訴える演出が前面に出てきた印象です。
特に印象的だったのは、素材や空間が人と人との「関係性」をどう支え、育むかという視点でした。円形のモジュール型ソファや、触れることで色や温度が変化するインスタレーション、環境と呼応する照明演出など、そこにあるのは“プロダクト”というよりも、“体験”そのもの。
現代社会が加速度的に情報や技術を消費する一方で、私たちの生活や感性は、もっと「丁寧で、やわらかい関わり方」を求め始めているのかもしれません。デザインが再び身体に寄り添い、素材に耳を傾け、空間を使って人と対話する。そんな兆しが、今年の会場には確かに満ちていたように思います。
Milano salone Trend Report
トリニティではミラノサローネ/ミラノデザインウィークのレポ―トを発行しています。
最新版のレポートにご興味のある方、特定領域のトレンドを詳しく調査したいなどありましたら、
お気軽にお問い合わせください。