こちらは後編です。前編はこちらから。
>【事例紹介 株式会社東海理化様 新規事業開発プロジェクト インタビュー】「1本のペンから自動車部品メーカーを動かしたデザイナー」(前編)
こんな方におすすめの記事です
○自社の技術を横展開して、新しい製品・事業の創出を目指しているが、なかなか製品化にたどり着かない
○アイデア創出後、事業化までのプロセスに課題を感じている方
○BtoB企業だが、BtoCの事業を創出したい
急激な産業構造の変化のなかで、多くの企業が変革をめざしこれまでにない“何か“を構築しようと、新規事業を模索しています。
長年のBtoB企業が、BtoCへの参入をめざすのもその一つ。しかしプロジェクトをたちあげ、アイデアも見えてきたにもかかわらず、
その先にある社内外の数多の壁にぶつかり、途中で“消えていく“ケースが多くみられるのも事実です。
そんななか、株式会社東海理化では、デザイナー主導のもと、2016年にはじまった新規事業プロジェクトが、ついに発売まで辿り着きました。
プロジェクトが、市場まで辿り着けた理由は?
どうやって壁を越えてきたのか?
そして、それは社内に、どんな意味をもたらしたか?
プロジェクトの背景と発売を控えた現在までのストーリーをお聞きした「前編」に続き、「後編」では、発売延期という危機を乗り越え発売にいたったいまだからこそ振り返ることができる想いや気づきなど、リアルなお話をいただきました。
聞き手:中森志穂(トリニティ株式会社 デザインリサーチャー)
ライティング:藤枝祐子(karawari.lab)
株式会社東海理化電機製作所様 インタビュー
-発売延期、そして一から協力会社探しへ-
—石丸さん、ご無沙汰しております!前回のインタビューからちょうど1年ぶりになりますね。
【東海理化石丸氏(以下、石丸)】ご無沙汰しております。あれから本当にいろいろありまして(苦笑)
【トリニティ山口(以下、山口)】そのあたりも今日はぜひお伺いしたいと思いますが、まずはおめでとうございます!
【石丸】ありがとうございます。2016年の山口さんとのワークショップから生まれたアイデアが、無事発売になりました。Amazonのサイトからも購入できるので、ぜひ見てみてください。
―前回のインタビューのあと、計画が延期になったのですよね。
【石丸】はい。あの頃はタッチペンからボールペンに仕様が大きく変わり、2022年の春の発売をめざしていました。グループ会社協力のもと、製作してくれる国内の文具OEMメーカーも見つけてはいましたが、こちらもコストが非常に厳しくすぐに着手することはできませんでした。それと、たかがペン一本、と思われるかもしれませんが、文具の世界というのは、非常に精密な技術と採算をとっていくためのノウハウの塊のような領域なんですね。そこに新参者の私たちがいきなり入っていっても、なかなか私たちが思うような交渉にはならないというのが現実でした。
【石丸】同時に「この進め方でいいのか?」という葛藤もありました。たしかにメーカーに丸投げして、こちらからやりたいことを指示してモノをつくるのは簡単かもしれませんし、それが当たり前かもしれません。ですが、それだとほんとの意味でものづくりを知ることができないと。まずは自分たちの目で見て、モノにふれて、納得して進める。まさに、ものづくりも「ふれる」ことからはじめたいと思ったんです。計画は大幅に遅れますが、こんなリスタートできるチャンスは2度とないと思い、自分たちで開発、製造で協力してくれる会社を、規模や国内外は問わずもう一度ゼロから探しはじめたんです。実は、このペン一本を製作するのに7社が関わっています。それを1社1社、手探りで探して行ったという状況です。この時からものづくりへの意識が変化していったと思います。
【山口】7社ですか!それは文具関係のメーカー以外のところで探されたということですか?
【石丸】7社のうち、文具関係は2社です。3社が自動車部品関係のメーカー、2社は新規のメーカーです。
一般的にペンには「書き味」=インクの滑らかさなどを求めると思いますが、当社はインクを独自開発できないので、そこはインクメーカーに委ね、書くという視点からでなく、ペンを持った時に握りやすいと感じる「ふれる心地よさ」を目指しました。
なのでカタチのこだわりはもちろん、たとえばこの本体のパネル部分はダイカストという製造方法でできているのですが、握ったときに指に寄り添うような表面の質感や太さ、適度な重さを作り出すために試行錯誤を重ねました。こういったこだわりの部分を、普段は自動車部品等をつくっている会社の職人さんに頼みこんでつくってもらっています。
【山口】もしかして、これは手作りに近いということですか。
【石丸】そうですね。内部構造の軸も切削していますし、先ほどのダイカスト製のパネルの仕上げにいたっては研磨職人が1枚1枚丁寧に磨いています。このように精度が求められる部分に関してはプロによる手作りですね。
シンプルなペンに見えて、実はかなりの場所が手で調整し制作されています。
【山口】結果として、石丸さんのいらっしゃる東海理化さんだけでなく、自動車づくりでつながる部品メーカーさんも一緒になってつくりあげたペンになったということですね。文具メーカーがつくるペンとはまた違う、自動車でつみあげてきた技術をいかしたまったく違う価値を持ったペン。背景に流れるストーリーに共感してくれるユーザーも多そうですね。
【石丸】多くの工程が手作りなので、なかなか量産が難しく、またコストもかかるという課題もあります。私たち自動車づくりに関わってきた企業のDNAとして、商品としての品質は重要ですので、そのあたりもまだまだ試行錯誤の途中です。なんとか発売にはこぎつけましたが、いまだに一つひとつ課題に取り組み改善している毎日です。
-ワークショップにすべてを求めすぎない-
—山あり谷ありの「プロジェクトストーリー」ありがとうございます!前半でもお話しいただきましたが、いくつもの危機はあったものの今回のプロジェクトが発売までたどり着いたポイントはどこにあるとお考えですか?
【石丸】振り返ってみるといくつかあると思うのですが、まず、スタートの部分でいえば、いい意味で「ワークショップ」にすべてを期待しない、ことでしょうか。
【山口】今回のプロジェクトでも、メンバーを集めてのワークショップは、2日間だけでしたね。準備期間を入れても2カ月から3カ月間くらいだったかと。
【石丸】どうしても、アイデア出しのワークショップは愉しいですし、モチベーションも上がりやすいだけに、そこですべてができてしまうイメージがあります。実際、トリニティさんにファシリテートしていただいたワークショップでは、アイデアもたくさん出ましたし、参加メンバーの満足度もとても高いものでした。でも、本当はそこからが大事なのだと思っています。「ワークショップ」という“イベント“の終了後も、いかにメンバーのモチベーションの火を消さずに動かしていくか。
【山口】そこからは石丸さんを中心に本当に限られたメンバーで、地道に一つひとつ積み上げていきましたよね。
【石丸】たった2日で、完璧なアイデアから販売の方法まですべてができるとは思えません。しかし本当に「ワークショップはやったけれど」で、やった気になってフェードアウトしてしまう企画はとても多いです。私も他の企画で何度もワークショップのメンバーとして参加したことがありますが、商品化までいたったケースはありません。ワークショップはひとつの起点。そこからどう集約していくかこそ重要ですし、どんなステップを踏んでいくべきかも含め、トリニティさんに伴走していただいたのはとても心強かったです。
【石丸】ワークショップで出た100近くのアイデアのなかから、山口さんとも一緒に6案ぐらいに絞り込みをしました。そこから最終的に1案を決め(ペンの原型)、モックアップの作成をスピーディーに行いました。
—100案近くから1案への絞り込み。どういう選択基準で行われたのですか?
【石丸】もちろん新規性のあることや、社内での取り組みやすさなど、さまざまな基準があると思うのですが、最終的には、私を含むメンバーが、「自分の個人視点」で欲しい!と思えるアイデアかどうかで最終判断をしました。やはり、自分が欲しい、ある意味仕事という域を超えて熱意がかけられるものでないと、最後までモチベーションをキープできないと思ったからです。
【山口】僕は、そんな石丸さんを横でみていて、最後まで「折れない」力がすごいと思いました。途中細々となってしまっても、たとえ実働メンバーが一人になっても、淡々とあきらめない強さを感じていました。確かに、アイデアの「自分ごと」は何より重要かもしれないですね。
【石丸】「折れない」といえば、社内では難しいからといって簡単にあきらめないことも重要かもしれません。今回、一般消費財ということで、クルマのことしか知らない自分たちでは解決できないことがたくさんあったのですが、全然関わってこなかった異業種の会社に相談してみると、あっさりとプロセスを描いてみせてくれたんです。
-デザイナーがプロジェクト全体を“デザイン”する-
—デザイナー発のプロジェクトとして、なにか心がけていたことはありますか。
【石丸】スタート当初から、とにかく「ユーザーの手に渡るところまで(すべての過程を)やり抜こう」ということは決めていました。それまでも、デザイン部としては社内各部に対してアイデアをぶつけてみたりしてきていましたが、それが他の部署からみると「デザイン部は提案しかしない(その後のことをやらずに)」という風に見えていて、正直あまり好意的に受け入れられていなかったと思います。
【山口】誰がやるのか、どう道筋をつけるのか、ゴールまで描ける人材の不在。これも新規開発の場面で多くの企業が直面する課題ですね。
【石丸】今回の場合、「発起人が最後(エンドユーザーに届くまで)までをやれ」というのが社長の厳命であったことも大きいです。会社も私の上司もそういう視点で目を配ってくれたと思います。実はいま、私はデザイン部ではなくニュービジネスマーケティング部に異動になりました。この部署は新しいビジネスを開拓していく新進気鋭の部隊で、部員それぞれが様々なテーマの新規事業に関わり取り組んでいます。コンセプトやカタチだけでなく、コストや商流など商品の全体像を見るというときに、デザイン部では難しいところがありました。ですので、いまの部署で「explorica」ブランドの商品コンセプトや商品自体のデザインなども自分で行いつつ、企画から試作、製造、流通、販売、その先のPRまでトータルで手がけることができています。
【石丸】私自身はデザイン部所属ではなくなりましたが、「デザイナー発意で、デザイナーが主導ですべてをやる」という事例を切り拓いたことで、他部署の協力体制も雰囲気も大きく変わりました。他の新規事業の影響もあり、会社全体の新規事業への期待感、取り組みへの熱意が一変したと感じています。実際、新しい活動の芽がすでに出てきています。世の中に商品が出て、実績が出てくると、「新しいものをつくる」ということが社内で“通常“のことと認知されはじめ、いろいろな部署にお願いごとをしに行っても、前向きに話を聞いて積極的に協力してくれるようになりました。
ー少し話は変わりますが、「explorica」という、受け皿となるブランドがあったことは、新規事業の取り組みが、ブランドという見える形で社内に認知され定着する要因になっていそうですね。まず最初にネーミングとロゴをつくることで、取り組み全体を「見える化」できたというのもデザイナーならではだなと、お話を聞いていて感じました。
【石丸】当初は、自分たちのモチベーションアップのためにと思ってつくったものですが、結果として、ロゴという「カタチ」にして自分たちの思いを提示することで、相手を説得したり、巻きこんだり、存在を示したりするということは、とても有効なことだと実感しました。
–次々と訪れる想定外の課題に、どう対処していくか-
—最後に、延期の危機も含め、一番大変だったところはどんなところですか?
【石丸】新規事業というのは、つまり社内で誰も経験したことのないことを遂行していくということなんだ、ということを身にしみて実感しました。自社の得意分野であれば、誰か経験者はいますし、過去事例なども参考になります。しかし、新規、特に我々のようにBtoBの会社がBtoCへと挑戦するとなると、誰も知らない、誰も体験したことがないことの連続なのです。
【石丸】まず、それを商品化すべきかどうかという判断基準や評価軸もありません。現場の人間にしても、どうやって協力会社を探せばいいのか、探せたとして次にどうやって量産計画を立てていけばいいのか、その先に販路はどうする?など、目の前のこともはじめてですし、それを乗り越えた次のステップもはじめてのことばかり。もっというと、次にどんなステップがやってくるのかもわかっていなかったです(笑)。
【石丸】次から次にくる問題や課題を一つひとつ解決していくのは、想像以上に大変でしたが、1度それを体験すると2度目、2商品目は、分野が多少違ってもやるべきことがなんとなく掴めているので、だいぶモヤモヤが晴れた気がします。そういう意味では、まず1度、市場に出すまでのすべての過程をとにかく小規模でもいいから行ってみる、というのはそれ自体が会社や自身にとっての財産になると思います。
「会社が動いてくれない、上司が判断してくれない、誰も協力してくれない」では、結局「何か」のせいにしているだけで、現状は何も変わりません。事実、私も「誰かのせいにするな!」とよく叱られました(苦笑)。
いまを変えるにはとにかく行動に移してみて、うまくいかなかったら別のアプローチをしてみる。いろいろトライして、経験を積み重ねることでちょっとずつ前進すると、身に染みて実感しました。
—石丸さんのお話は、まさにいま、変革を志す多くのBtoB企業が抱える課題だと思います。プロジェクト全体を「デザイン」し、企業の新たな可能性を創りあげていく。これからの「デザイン」の果たすべき役割を、改めて考えることができました。貴重なお話、ありがとうございました。
株式会社東海理化電機製作所
トヨタグループの一角を担う自動車部品メーカー。「人とクルマの間に生まれる感動をかたちにする」をコンセプトに、人の意志をクルマに伝えるヒューマン・インターフェイス部品をはじめ、セキュリティ部品、セイフティ部品などを開発・製造する。1948年設立。
explorica
東海理化オリジナルのBtoCブランド。
自動車部品、特にHMIの開発で培った「ふれる」を起点に「ここちよいデザイン」の視点を他業種製品にも活かしていきたい想いから、2020年より本格的に企画をスタート。2021年に市場導入。
石丸 晋也氏プロフィール
新潟県出身。2005年 東海理化入社。デザイン部配属。
自動車のコックピット周辺の量産デザインや先行デザインを経て、現在は新規事業管轄の部署に移りBtoCブランド「explorica」のプロデュースを担当。
プロジェクトメンバー
・デザインプロデューサー:山口崇
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