トリニティ株式会社

環境に配慮したデザインの今(デザインにおける「サステナビリティ」の考察 2/4)

公開:2022年09月07日 更新:2022年09月07日

ビッグワードの背景を読み解くデザインコンサルティング

こんにちは、篠崎です。
最新トレンドを実務に活かすのが難しいという声を耳にします。
デザインコンサルタントの仕事では、常に最新情報をおさえつつ、
トレンドを一過性の現象として捉えるのではなく、
歴史的変遷や社会背景を踏まえて本質的な価値観や潮流を洞察することに努めています。
いわば「意訳作業」のようなことを行っておりまして、
業種を問わず様々な企業の方がトレンドを実務に有効活用するための
効果的なアプローチであると考えております

サステナビリティ領域でのデザインコンサルティング事例

 

  • 「ウェルビーイング考察のための基礎情報レポート」(総合ITベンダー)
  • 「欧州におけるエコ関連基準/規制実態調査」(グローバル家電メーカー)
  • 「エコデザイン事例調査」(グローバル家電メーカー)
  • 「レジリエンス思考の構造化とアイディア発想手法開発」(グローバル家電メーカー)
  • 「エコ素材のコンセプトモデル開発および海外展示会出展サポート」(素材メーカー)
  • 「スマートシティコンセプト提案」(自動車メーカー)ほか

はじめに:環境に配慮したデザインの今

SDGsが「地球上の全ての人々が長く幸せに暮らせる持続可能な社会」と定義するサステナビリティの実現には、前回紹介したStockholm Resilience CenterによるThe SDGs Wedding Cakesが示すように、地球環境との共生、社会の健全化(公平性や健康)、それらと経済活動との両立の3つの課題解決が必要です。社会の健全化は、全ての人々の幸福を目的とする「ウェルビーイング」の実現を指します。ウェルビーイングも地球環境との共生に並ぶ重要項目ですが、深掘りし甲斐のある大きなテーマですので別の連載機会に特集する予定です。本連載では今回、次回の2回にわたり、「デザインの観点から見た環境への取り組み」に焦点を当ててお話しさせていただきます。

ネットゼロとゼロウェイスト

リデュース(削減)・リユース(再利用)・リサイクル(再生)のエコ三原則。これに経済活動の視点が加わり「サーキュラー・エコノミー」(循環型経済)の考えが生まれています。
サーキュラー・エコノミーを推進する英国拠点のエレン・マッカーサー財団は、
Eliminate waste and pollution
(廃棄物や汚染をなくす)
Circulate products and materials at their highest value
(製品や原料を高い価値を保った状態で循環させる)
Regenerate nature
(自然/地球環境を再生させる)
を三原則として挙げ、全てが「デザイン」(三原則を前提とした設計)によってもたらされると説いています*¹。

このサーキュラー・エコノミーの概念が浮上したことも影響し、製品のライフサイクルを包括したより本質的で効果の高い環境対策が求められるようになりました。リサイクル素材の活用や梱包材などの資源の削減といった製品のアウトプットに関することだけではなく、省エネや再生可能エネルギーの利用、再利用/再生を前提とした不要品の回収など、製造時や使用時、廃棄後に至るあらゆる段階で様々な対策が採られるようになりました。一方で、そうした取り組みを行わければならない義務感が増したこともあり、手段が先行して目的が不明瞭になってきている印象も受けます。そこで、自分自身の頭の整理も兼ねて「目的と手段の関係性」を簡単にまとめてみました。

ここに挙げた手法はあくまでも一例に過ぎず、企業の取り組みの活発化に伴い、それぞれの具体策は多様化しています。その動向を俯瞰して見ると、現時点では以下の2つの方向性に大きく分けられると考えます。

ネットゼロ」は、カーボンニュートラルと同義語で、温室効果ガスの排出量と吸収量を差し引きゼロにすることです。実際に、生産/消費活動において温室効果ガスを全く排出させないことは難しいため、森林保全団体に寄付することなどで排出量を相殺するケースが多いようですが、
その量を軽減する取り組みも活発です。製造から使用に至るまで、低炭素の実現に向けた様々な方法が編み出されています。
製品などの「製造過程」においては、リサイクル素材やヴィーガンレザーなどの低炭素型素材の採用や、加工しやすいデザインにすることでの工程の縮小などが例として挙げられます。地産地消によって材料の運搬時に発生するCO₂を削減する方法も採られています。最近では飲料メーカーが四角いペットボトルを採用していますが、あれも輸送時の炭素排出量削減に効果的です。積載効率の高い形状であることも重要になっています。

左)米国のバイオテック企業Bolt Threadsが2018年に開発したキノコの菌糸体由来のヴィーガンレザーMYLO。本革に比べ温室効果ガス排出量が低くアニマルフリーであることからサステナブルな素材として注目されている。日本でも今年、土屋鞄製造所が国内企業で初めて同社と業務提携を結び、同素材を採用した製品を発表している。
画像引用元:https://tsuchiya-kaban.jp/pages/mylo    https://www.mylo-unleather.com/

 

右)昨年、フランス・アルル地方に完成した美術館LUMA TOWERの内装材として開発されたソルトパネル。同地方のカマルグ自然保護区の塩性湿地で製造された地産地消の素材である上に、塩が結晶化する自然作用のみで作られ製造工程での環境負荷軽減も実現させている。
画像引用元:https://www.atelier-luma.org/en/projects/crystallization-plant

一方、「使用時」においては、省エネ仕様や再生可能エネルギーの活用が考えられます。主に建築空間で取り組まれていることです。断熱性、蓄熱性、通気性による空調効率の向上など、設計に直結する対策が多いですね。緑化もそうです。太陽光や地熱などの再生可能エネルギーを導入する建物も増えてきました。マクドナルドも昨年、英国に太陽光パネルと風力タービンを設置した「ネットゼロ・レストラン」をオープンしています。

営業に必要な電力を92㎡の太陽光パネルと2基の風力タービンによる創エネで賄うマクドナルドのネットゼロ・レストラン。店舗の裏側には生物多様性の庭を設け、周囲の環境との調和を図ると同時に、削減しきれないCO₂排出量を相殺。
画像引用元:https://www.mcdonalds.com/gb/en-gb/newsroom/article/uk_net_zero_carbon.html

スペインの建築設計事務所Takkが設計し、昨年マドリードに完成した、内部空間を入れ子式にした110㎡のアパートのリノベ物件。それによって生まれる温度勾配を利用し、熱波と寒波から室内を守り快適さを保つアイデア。夏場に快適なサマーハウス(図面上の下の部分)は、熱を吸収するモルタルで仕上げ、冬場に暖かく過ごせる主要部分は、断熱、吸音、調湿効果のある炭化コルクを使用し、省エネも実現している。
画像引用元:https://takksarchive.cargo.site/the-day-after-house

ゼロ・ウェイスト」は、廃棄物を削減し、資源を循環させることを指します。リサイクルやアップサイクル、食品ロスの削減や使い捨て製品の使用停止など、昨今よく耳にすることの多くはゼロ・ウェイストに当たり、製造業がまず取り組むべき課題であるため、環境対策と言えばまずこの方向性を思い浮かべる人も多いでしょう。ネットゼロに比べ、サービスデザインを含むデザインで解決できることが多く、製品の見た目に影響を及ぼすこともあることから、デザインに携わる方々にとって身近なテーマだと思います。最近では、資源を絶やさないための適正な材料調達や、あらかじめ分解可能な設計にして再利用しやすくする方法も見られています。ゼロ・ウェイストは、既に事例が多出しており探究し甲斐のあるテーマですので、次回詳しくお話しさせていただきます。

ネットゼロがもたらす「素材の進化」と「新規事業の誕生」

今回は、「ネットゼロ」にフォーカスします。先に申し上げたように、生産/消費活動での温室効果ガス排出量をゼロにすることは非常に困難なため、それを相殺するための吸収量が必要になります。最近では、植林活動などを行う第三者に寄付をするという解決法以外に、「木材」を使用することで排出量を相殺するという外部に依存しない方法が採られるようになりました。木材はコンクリートや鉄などの金属に比べ、製造時の炭素放出量*¹が少なく、さらに「炭素を固定化する」特性があるため、木材の使用が炭素吸収量に換算されることになるようです。

 

樹木は大気中の二酸化炭素(CO₂)を吸収し、酸素(O₂)を排出するため、内部に炭素(C)が貯留されます。その状態が炭素の固定化なのですね。最近では、この特性を活かした新素材も開発されており、低炭素のレベルではなく炭素吸収量が排出量を上回る「カーボンネガティブ」が実現しています。ベルリンのスタートアップ企業Made of Airによる廃棄木材から作ったバイオ炭を原料にした熱可塑性バイオ樹脂がそうです。他にも工場の排気ガスなどから回収したCO₂で製造する炭酸カルシウムを使った大成建設のカーボンリサイクルコンクリート・T-eConcrete / Carbon-Recycle*²などがあります。
Appleは今年、カナダのアルミ製造会社ELYSISが開発に成功したダイレクトカーボンフリーアルミを採用することを発表しました*³。アルミニウムは、軽量で耐久性が高いことからデジタル機器などに多用されていますが、製造時の炭素排出量が高いという短所があります。ELYSIS社のアルミは、精錬プロセスで炭素を含まない電極を使用することで、炭素排出を削減するそうです。
SDGsの影響で環境意識がさらに高まる中、このように「素材開発」も目覚ましい進化を遂げているのですね。

ドイツのMade of Airが2019年に開発したバイオ炭を原料とするプラスチック。バインダーにはサトウキビ由来のバイオ樹脂を使用。昨年ミュンヘンにオープンしたAUDIの販売店の外装材に採用されている。
画像引用元:https://www.madeofair.com/

 

*¹ 参考文献:地方独立行政法人北海道立総合研究機構 森林研究本部 林産試験場 林産試だより 2009年2月号
「CO₂削減と樹木・木材」 https://www.hro.or.jp/list/forest/research/fpri/dayori/0902/1.htm
同資料によると、製造時の炭素放出量と炭素収支は、天然乾燥木材が放出量30kg-C/トン(15kg-C/㎥)に対し、
製品の炭素貯蔵量が500kg-C/トンであるため、炭素収支はマイナス470kg-C/トンの計算になる(人工乾燥木材は
マイナス444kg-C/トン)。一方、コンクリートは放出量が50kg-C/トン(120kg-C/㎥)に対し貯蔵量が0kg-C/トンで
炭素収支は50kg-C/トン。鋼材は700kg-C/トン(5,320kg-C/㎥)に対し0kg-C/トンで炭素収支は700kg-C/トンと
木材の数値を大幅に上回る。アルミニウムはさらに炭素収支が大きく、8,700kg-C/トンに上る。

 

*² 大成建設 T-eConcrete / Carbon-Recycle
https://www.taisei.co.jp/about_us/wn/2021/210216_5079.html

 

*³ Apple ELYSIS社のカーボンフリーアルミニウムを採用
https://www.apple.com/jp/newsroom/2022/03/apples-four-point-seven-billion-in-green-bonds-support-innovative-green-technology/

また、「カーボンオフセット事業」を行うテック企業も誕生しています。炭素排出量の相殺分を「炭素除去クレジット」という形で販売する新しいビジネスです。フィンランドのPuro Earth社は、先のバイオ炭のようにカーボンネガティブを実現している各国のサプライヤーと提携し、そのカーボンクレジットを自社の排出量を相殺したい企業に提供する、ある種のマッチングサービスと言える活動を行っています。ネットゼロを目指す企業が多い中、確かにニーズがありますし、炭素除去に貢献するサプライヤーに利益をもたらす点でも社会的に優れたサービスだと思います。

Puro Earth社の現時点での提携サプライヤーは、バイオ炭や木製建材の製造会社が多い。この仕組みがカーボンネガティブ事業を拡張させる原動力になると良さそうだ。
画像引用元:https://puro.earth/

環境配慮で変わるデザイン ~ネットゼロ編

ネットゼロを推進する動きは、新素材や新規事業を誕生させると同時に、製品デザインにも変化をもたらしています。デンマークの新興家具メーカーTAKTが昨年発売したラウンジチェアは、原料から製造、輸送、使用、廃棄に至るライフサイクルにおける炭素排出量の軽減に努めた製品で、天然素材を使用(原料)し、組み立て式(製造)にし、フラットパック式(輸送)にし、パーツ交換(使用)を可能にしています。4本のネジで簡単に組み立てられる構造にしており、パーツの破損時にその部分だけ交換して長く使うことができます。それによって廃棄物削減も実現させ、カーボンフットプリントを19.5kg CO₂eに抑えています。

FSC認証を取得したオーク材とリネンのパーツで構成されたフラットパック式のラウンジチェア。英国のSam Heckt & Kim Colinがデザイン。ライフサイクルでの炭素排出量は、先述のPuro Earth社と提携し、相殺している。
画像引用元:https://taktcph.com/products/sling-lounge-chair/#/oak-oil-armrest/untreated-natural-european-linen

また近年は、電力不足も懸念されています。火力発電の使用を抑制する脱炭素の動きも一要因とされ、矛盾が生じています。まずは電力事業の対応が急務ですが、電力消費量を抑えることも必要です。そのためにデザインでできることも多々ありそうです。

イタリアのデザイン会社Formafantasmaは昨年、CO₂削減を目的に自社のウェブサイトを刷新しました。ウィキペディアのウェブサイトを参考にデザインを簡素化することで、データのダウンロードに必要なエネルギーを削減するという発想です。スマホのUIや企業ロゴに採用されるフラットデザインは、視認性とデータ読み込みの時短を目的としていますが、これも省エネ効果がありそうです。多機能化し使用頻度が高まるスマートフォンの通信に伴う温室効果ガス排出量も上昇傾向にあるようなので、UIデザインもそれを意識してさらに変わっていくのかもしれません。

空間から小物まで様々な分野のデザインを手掛け、環境意識も高いイタリアのFormafantasmaのウェブサイト。
画像引用元:https://formafantasma.com/

電気を使わないという考えも生まれています。家電の製造販売を行うAntbeeが昨年発売したLeiは、ろうそくの炎で風を起こす電源不要なアロマディフューザーです。仕組みは公表されていませんが、恐らく炎の熱を上部の金属板が受けることで生じる金属の温度差が、直接電圧に変換されて発電するゼーベック効果を応用していると思われます(間違っていたらすみません!)。
電源不要なスピーカーも製品化されています。2018年に菅原工芸硝子が発売したExponentialは、内側のホーン状の中にスマホを入れると内部のガラスに音が反響し、クリアな音になって拡張されます。通常のスピーカーほどの高音質は期待できないでしょうが、電力に依存しないという点に新しさを感じます。家電なども「非電化」を前提にデザインを考えてみたら思い掛けないアイデアが閃くのかもしれませんね。

左)AntbeeのアロマディフューザーLei。羽根の軸部にアロマオイルを垂らし、数分後に羽根を軽く押すと回転し始め、香りが拡散する。
画像引用元:https://lei-aroma.com/
右)菅原工芸硝子のスピーカーExponential。プロダクトデザイナーの鈴木啓太氏がデザイン。熟練したガラス職人が手作業で製造しているそう。
画像引用元:https://productdesigncenter.jp/archives?itemId=zotla9pd8unoip1hc2l1frf4dkm2t9

今回は、サステナビリティの重要項目である「環境保全」の対策のうちの「ネットゼロ」についてお話させていただきました。デザインとの関係性を感じ取っていただけると幸いです。次回はもう一つの環境対策の視点である「ゼロ・ウェイスト」を考察します。

これまでの記事

 

デザインにおける「サステナビリティ」の考察

 

第1回 サステナビリティ=持続可能性とは

 

第2回 環境に配慮したデザインの今

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文責

篠崎美絵

トリニティ株式会社 執行役員 / デザインコンサルタント・クリエイティブ・ディレクター

インテリアデザイン事務所でファッションブランドのブティックをはじめとする商業空間の内装設計に従事。
ミラノ工科大学にてデザイン戦略のマスターコースを取得後、2003年にトリニティに入社。
デザイン、カルチャー、ライフスタイルの観点から消費者価値観や市場の潜在ニーズを洞察し、
具体的な商品/デザイン開発のアイデア創出のためのコンセプトシナリオ策定、及び
トレンド分析を行うデザインコンサルティング業務を担当。

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