「デザイン思考」や「経営デザインシート」を入れ込んだ、国内で初めてのプログラム
歴史ある医薬品産業と工学を連携した最先端の産業や、伝統工芸にも連なるものづくりの力で注目を集める富山県。経済・文化長期ビジョンの元、「アート・デザイン県」を実現するため、富山県総合デザインセンターを拠点に、30年近くにわたり様々なプログラムを展開し成果を挙げてきました。同センターのデザインの活用理念は、視覚的、造形的、感性の表現によるモノ・コトの価値向上に留まらず、デザインの力を経営戦略やブランディング、社内風土改革までにも至る具体的なアクションとして広げ、イノベーションを促進することを目的としています。
さらに、令和2年度は新たな展開の最初のフェーズとして、県内企業が「デザイン経営」を学び実践するための「とやまデザインビジネススクール」を創設。トリニティではこれを受託して、約6カ月間にわたるプログラムを地域の企業の皆さまとともに展開しました。
プログラム構成は全部で5回。2回の基調講演と、手を動かしながらデザイン経営の手法を学び、実践する力を養う3日間のワークショップで構成されています。また、並行してカウンセリング(グループメンタリング)を実施し、「納得し、使えるまでの」フォローを行いました。
緊急事態宣言に対応し、4回目と5回目のワークショップの間にオンラインでグループ毎のフォローアップ「グループメンタリング」で、
講師と参加者が自由に話ながら問いを深め、気づきをえるための学びの場を設けました。
さらに最終回もグループに分かれてのオンラインとリアルをミックスしたワーキングを展開しました。
行政と企業の先端を走るプラクティターによるインプットトーク(実践者達の基調講演)
第1回 「価値をデザインするー今私達がすべき経営のイノベーション」
第1回の基調講演では内閣府で経営デザインシートのグランドデザインを推し進めた第一人者である住田孝之氏、トヨタ自動車レクサスインターナショナルの社長の経験をもつ、生粋のデザイナーである福市得雄氏の2名に登壇頂きました。
氏からは、日本企業にとって、なぜ「価値をデザインする」ことが急務なのかをグローバルな視点と日本市場経済の変化と合わせてわかりやすく説いて頂きました。
続いての福市氏からは、組織の中でのデザインの活かし方を実践し、時に悩み試行錯誤した経験を吐露。外部からは計り知れないそのご苦労話に、参加者も引き込まれました。
第2回 「デザイン経営と未来価値創造ツール”経営デザインシート”の実践」
九州で経営にデザイン視点を取り込み、躍進する東洋ステンレス研磨工業㈱ 代表取締役社長の門谷豊氏と
宇津木 達郎氏(元内閣府知的財産戦略推進事務局 バリューデザイナー)のお二人にご登壇板いただきました。
御両名ともに、デザイン経営の視点をもち、経営デザインシートの有用性をこれまでの体験をもとに説いてくださいました。実際に東洋ステンレス研磨工業では、製品の見た目を良くするデザインの取り込みだけではなく、お客様とどう関係性を築くか、お客様にどんな喜びを伝えるか、自社だけでなく他業界とともに新しいビジネスモデルやバリューチェーンを構築するかに至るまで、広義のデザインの考え方で事業を推進し着実に成長しています。重要なことは、この激変する時代に市況の最新情報を取り込みながらもそれに翻弄されず「自分軸」に「今、アクションを起こす」かにより、自分の未来が変わるという信念。自分らしい今をどう生きるかの大切さを、お二人がそれぞれの視点と言葉で語って頂きました。
未来を創り、イノベーションを生むには、最初から会社の枠で考えるのではなく、自らがどう生きていきたいか、何を大切に考えるかを整理して、まずは行動することが、今の時代には欠かせないと力説する宇津木氏。
生き抜くために必要な「3つの手法」を身につけるワークショップ
プログラムの後半では、コロナ禍で加速した世の中の価値観の変容に対応する、組織の思考や業務プロセスの改革の手立てとなる3つのアプローチを座学とワークショップで取り組みました。
1.「経営デザインシート」
「経営デザインシート」は、1回目に登壇された住田氏はじめ内閣府の知財内閣府の知的財産戦略事務局が作成し、現在国内の企業に広く啓蒙しているものです。シート作成の目的は自分自身や自分のチーム、自分の会社の未来のあるべき姿やビジネス(モデル)を生み出すことです。そのための思考を整理する補助ツールとして、環境変化を見据えて自分達の「これまで」の理解に基づき「これから」を構想することがフレームに整理されています。
首相官邸ホームページ >知的財産戦略本部 > 経営をデザインする
この経営デザインシートで一番大切なのは「未来を構想する」こと。
従来のように「これまでの自社の強み」から将来の事業や製品アイディアを出すことはしません。世界や国内の市場の構造や生活者の価値観も大きく変化している今、現在の自社の強みが将来にわたり強みとして活用できる確率が低くなっているからです。言い換えれば、現在の自社の有形・無形資産だけで将来のビジネスが成立する可能性は低く、新たな投資を何にするかが課題であるといえます。
大切なのは、まず自分たちはどう在りたいのか、社会にどんな価値を提供していくのか、それをすることで自分は幸せを感じるのか~これをとことん自問自答することです。
この紋々とした中で試行錯誤して、未来を構想するアイディア出しを行います。
トリニティがファシリテートにより一人一人がグループでの対話を重ねながら未来を構想しました。
2.バックキャストで考えるための「未来トレンド情報」
未来を構想するには、既存の自分がわかっている情報だけではなく、ある程度の幅広い情報リテラシーも必要です。
また、情報があったとしても個人によってばらつきがあり、ワーキンググループで話し合いがしづらい事などがハードルとして挙げられます。往々にしてビジネスマンは、自社事業や製品の知見や市場動向には詳しい一方で、他の領域の情報や、何より世代や国を超えた生活者の価値観や消費スタイルについては(未来という前に)現在の事実についても情報を持たない方が大半です。
そこで、トリニティのもつ未来トレンド情報(2000年より作成)を全員で読み込んで、対話を重ねて未来を思い描きました。
未来を読み解くための「トレンドレポート」により、参加者は限られた時間で、高いパフォーマンスを出すことが出来ました。
3.インサイトを掴み、アイディアを何度もつくりかえる「デザイン思考」
経営デザインシートとトレンド情報で未来の自分のありたい姿を思い描いたあとは、デザイン思考の手法を用い、目の前の生活者のインサイトを探り、未来の顧客に向けてのビジネスアイディアを出していきます。
デザイン思考では、目の前のお客様の「今」の困りごとや潜在欲求を掴めるだけで、自分の想いやまだ市場に出ていないアイディアを生むことはできないと評されることがありますが、トリニティでは「インサイトをしっかり掴む」こととアイディア発想の前に「自分の未来を構想する」ワークを入れることで、主体的関与を前提とした次期製品やビジネスの創出に機能するようにワークショップを設計しています。
今回の参加者はすべて富山県内の薬剤や樹脂、アルミ建材等の製造業、観光、交通、伝統工芸をコアスキルに持つ事業者。経営陣、開発担当者、デザイナーと職種も様々。この多様性ある皆さんがグループに分かれて「旅」をテーマに新規ビジネスの立ち上げに挑戦しました。
想定顧客は、10年後に70歳になるアクティブシニア女性。このアイディア創出のため、関係者へのヒアリング(ラーニングジャーニー、インサイトヒアリング等)、アイディア拡散ツールの活用(マンダラート、アイディアストーミング等)を体験しながら、最終発表を迎えました。
参加者の感想
株式会社リッチェル 椎名聡
セミナーを受けて良かった点は、内容が濃く充実しており、色々な考え方や手法を身に付けた点です。
特に私が注目したのは、相手の話を深堀してインサイトを聴くことです。これは仕事での重要な種が見つかるヒントでした。
他にもワークでのメンバー連携手法は新発想の糧となり、つらくて大変な破壊ブレストは既成概念の脱却につながりました。
経営者の方は経営デザインシートで、自社の未来と社会とのあり方を考える機会ともなるでしょう。
大変な数日でしたが、貴重な体験で実りあるこの先を予感させるセミナーでした。
富山県総合デザインセンター ディレクター 岡 雄一郎
とやまデザインビジネススクールを開講した背景には、県下の企業も従来ビジネスからの思考の大ジャンプを求められ模索している一方で、何をすれば良いのか見えていないことにあると思っております。
日本企業は同じような人材を揃え、一律的な教育で異端児を嫌う。
また短期に結果を求め、新たな方向性を示すのに必要な一見無駄にも思える取組を嫌い、従来通りの狭い延長上の視点しか持ち合わせなかったことが要因と云えます。
本スクールで新たな視点を得た受講生たちが、それぞれのビジネスシーンで未来のユーザーニーズを見つめ、変化を起こす異端児〜革命児となることを
おおいに期待しています。
これからの経営とデザインのための場を創る
「デザイン経営」は、イノベーションやブランド構築をはじめとする企業の価値向上を「デザイン」を活用して実現していく経営手法です。そして、デザインの活用は製品の色カタチやグラフィック表現などのいわゆる「見た目」の表現だけではなく、組織の在り方や未来像の持ち方にも及びます。
言い換えれば、企業が大切にする価値と意志を表現する活動であり、同時に顧客や生活者の潜在的なニーズやインサイトを元に事業化を構想する活動までを指しています(これを昨今は広義のデザインと称します)。
デザイン経営は、組織の規模や成熟度にかかわらず未だ十分には浸透はしていませんが、経営環境が著しく変化している今、一企業の競争戦略にとどまらず、企業と生活者も含めたステークホルダーといかに持続的な関係性を創るかという視点においても重要です。
そしてそれを叶えるには、未来を構想する力、生活者の心や感情の中に共感するというデザインの力が今後一層請われていくと考えます。
登壇者の履歴
住田 孝之 氏 略歴/住友商事株式会社 顧問
東京大学法学部卒業後、通商産業省(現:経済産業省)に入省。91 年からジョージタウン大学国際政治大学院。特許庁、環境庁(当時)、経済連携交渉官、知的財産政策室長、技術振興課長、日本機械輸出組合ブラッセル事 務所所長、資源燃料部長、商務流通保安審議官を経て内閣府知的財産戦略推進事務局長に就任。「クールジャパン」 を含む知的財産に関する戦略の責任者を務め、更に日本の企業が新たな価値を生み日本の経済を活性させるための「デザイン経営」や「経営デザインシート」といった新しい概念の創出とそのツールを作成推進。啓蒙・ 普及を自ら行い、行政に新たな風を吹き込む。2019年住友商事顧問就任。WICI(世界知的資本イニシアティブ) 会長。IIRC( 国際統合報告評議会 ) カウンシルメンバー。一般社団法人 FCAJ(Future Center Alliance Japan) 理事。
福市 得雄 氏 略歴/デザインコンサルタント
カーデザイナー。多摩美術大学を卒業後 1974 年にトヨタ自動車に入社。欧州拠点及び関東自動車工業(現:ト ヨタ自動車東日本)などの関連会社でもマネジメントを担う。2011 年常務役員、デザイン本部長に就任。トヨタ/レクサスのデザイン開発に携わる一方、チーフブランディングオフィサーとして、トヨタのデ ザイン改革やレクサスのブランド確立を牽引。 2014 年よりトヨタ自動車㈱レクサスインターナショナル社長として経営とデザインを担う。 2016 年先進技術開発カンパニー先行デザイン担当。2018 年エグゼクティブアドバイザーに就任。現在はデザインコンサルタントとして多摩美術大学で客員教授を務める他、産業界に貢献している。
門谷 豊 氏 / 東洋ステンレス研磨工業株式会社 代表取締役社長
同社は福岡に本社を置く意匠金属研磨加工メーカー。小規模ながら、その卓越した技術から世界の建築家・デザイナーらからの賞賛を得て指名発注を受けている。
そして近年は、B2Bの受託型ローカルビジネスを、デザイン経営の視点を取り込んで、更なる飛躍に挑戦。自社ブランド「MAKO」を立ち上げ、アートやテクノロジーを取り込んだ製品開発はじめ、DX(デジタルトランスフォーメーション)をベースとした新たな情報発信や売り方の工夫も重ね、社内組織が一丸となって次期市場での成長に取り組んでいる。同社会長は、2019 年秋の受勲で各分野で顕著な功績のあった人に授与される「旭日単光章」を受賞している。
宇津木 達郎 氏 / 元内閣府知的財産戦略推進事務局 バリューデザイナー
2005 年総務省入省。現在内閣府に出向中。日本が目指すべき「価値をデザイン」し、企業の産業競争力を強化するための政策を立案し、その普及に取り組んでいる。知的財産戦略推進本部が公表した「知的財産戦略ビジョン ~ 価値デザイン社会を目指して ~」、未来デザインツール「経営デザインシート」、加えてオープンイノベーションの鍵は個人の内発的動機の発露にあるとする報告書「ワタシから始めるオープンイノベーション」の起草者でもある。殊に「経営デザインシート」については、これを活用し企業の未来を創造し企業活性を図る支援に、日々尽力している。職場の働き方改革にも取り組み、国家公務員制度担当大臣表彰受賞(共同)。
文責
湯浅保有美
トリニティ株式会社 CEO 代表取締役社長
エイチタス株式会社 取締役 / デザインプロデューサー
ソーシャルケア デザイン
– ソーシャルプロデューサー
– グラフィックファシリテーター
– LEGO® SERIOUS PLAY® メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテータ
RobiZy 正会員(特定非営利活動法人ロボットビジネス支援機構)
一般社団法人日本知財学会 正会員
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