トリニティ株式会社

イノベーションにデザインが必要な理由とは

公開:2019年6月3日 更新:2019年6月3日

「ソーシャルイノベーション」×「デザイン」が
新しいイノベーションの芽を生む

デザインコンサルティングの立場で商品・サービス開発や新規事業のイノベーションを支援している私たちトリニティは、「ひと」を中心に置き、社会課題を解決することも「デザイン」の大きな支柱と考えています。
社会課題の解決いわゆるソーシャルイノベーションは、企業に於いてはこれまで、CSRの活動の中で論議されることが多かったと思いますが、昨今では、経済的な価値を新たに創造するビジネスの観点に於いても重要であり、そこに「デザイン」の力が大きく寄与すると私たちトリニティは考えています。それはなぜでしょうか?

そもそも「デザイン」とは何をすることか?

開発業務に関わる方にとっては言うまでもなく、「デザイン」とは、ユーザーにとっての見た目の価値を上げることですが、本来デザインはそれに留まらず、課題そのものを発見し、それを解決しながら継続的なエコシステム(※1)や私たちの未来を創ることを言います。
例えば、よく云われるように、iPhoneは製品の見た目や機能の良さだけで成功したのではなく、新しいライフスタイルを継続的に私たちに享受させてくれたことにより評価されます。この構想や製品やサービス、ブランド、流通を始めとする全体設計もデザインなのです。それまで言葉になっていなかったユーザーの期待値を拾って、新しいステージやエコシステムを創ったデザインの事例です。
今、市場は成熟し個々のニーズがほぼ満たされる中で、これからの社会をどのようにより良くしていくか、そのために何をすべきか〜という視点は、企業の経済活動のニーズに繋がる状況にあります。ここで必要なものも、この「デザイン」の力です。

井上英之氏の「コレクティブインパクト」

先日、知人に薦められ、慶応大学SFCで「社会企業論」を開発した井上英之准教授が
ハーバードビジネスレビューに記載した記事を拝読しました。

 

コレクティブ・インパクト実践論 企業と社会の利益は一致する
http://www.dhbr.net/articles/-/5677

 

コレクティブ・インパクトとは立場の異なる組織に属する人々が、組織の壁を越えて互いの強みを出し合い、社会的な課題を解決に取り組むアプローチ。
井上氏の記事では、ソーシャルイノベーションの視点で社会課題を解決する手法は
「企業にとって、その社会的責任を果たすだけでなく、新しいイノベーションの芽を生む可能性が多いにある」と主張されています。
中でも、異なるセクターの複数プレイヤーが共通のアジェンダに対して互いに補完しあって進めてくこと、そして何より自分達の欲しい未来をつくりだす事の大切さを謳っています。ここで、述べられていることは、まさにデザインそのものです。

 

デザインの文脈からそのポイントを整理すると、下記の4つです。
・ポイント1:イノベーション実践のためのデザインの機能「異分野をつなぐ」
・ポイント2:デザイン主導のイノベーション「意味を問い直して新しい価値をつくる」
・ポイント3:イノベーションを加速させるデザイン視点・デザイン体質
・ポイント4:基本となる当事者性「私」

イノベーションの実践のためのデザインの機能「異分野をつなぐ」

専門性や価値観、使う言語さえも異なる複数プレイヤーからスキルと智恵を引き出して
未来のビジョンを(プレイヤー間でまだ曖昧なうちから)視覚化し、それを皆で話し合う、そんな環境や場を創ることはデザインの機能のひとつです。

 

昨今話題となっている「デザイン思考」(※2)に於いても、ユーザー観察だけでなく、異なる領域の人に話を聴き、その多様性を活かして発想を拡張させるプロセスと成果は、体感した人も多いのではないでしょうか。

 

但し、この成果を出すには、単に各領域からの情報を集積させるのではなく、
「バウンダリスパナー(※3)」と云われるように、各人の思考や嗜好、文化や暗黙知を
受け入れ、彼等を「巻き込み」ながらイノベーションを創発させる場を創ることが大切です。

 

この多様性を受け入れて互いを結びあう機能が、デザインという領域、組織、職種で勝っているのはなぜでしょうか。
それは、企業内に於いてデザイン組織は、製品・サービスが商品化されるプロセスで、技術や開発、調査、マーケ、広報部門等、様々な部署との連携を取ることが前提となっており、横串組織としての機能になりやすいことが挙げられます。

 

また、専門性でいえば、デザイナーは常に会社の方向性と共に、生活者視点で(言葉にならない)ユーザーのインサイトを拾うことに意識が向いており、そのための言語、非言語のコミュニケーション能力が高いことなどもその理由と云えます。

 

プロダクトデザインや建築でいえば殊更に、現在と未来の「時間軸」や工学と共に身体性や感性の双方を使って、つまり右脳と左脳とカラダを使ってプロジェクト推進するわけであり、その人員・関係者も多く幅広い。まさに全身全霊をもって、異なるものを巻きこんでいるとも云えます。

余談ですが、私は欲張りでもあるので、文化人類学の山口昌男氏がトリックスターと論ずる道化師のアレッキーノのように、デザイナーは、時空や業際を縦横無尽に飛び回り、知とユーモアをもって場を破壊し且つ創造していく、現代のトリックスターであるべきだとも考えています。
つまり、かように「デザイン」は異分野をつなぎ、巻き込んでいく力を有しているのです。

デザイン主導のイノベーション
「意味を問い直して新しい価値をつくる」

私たちが日ごろ接する製造業では、技術革新によりイノベーションが生まれると思いがちです。しかし、従来の技術を活用して新しい意味を持たせ、新たな市場を創ることもまたイノベーションであり、これを主導するのもまたデザインです。
世の中の課題に対して目を凝らし、従来のコンテクストではないカタチで、モノやサービスを表現すること。たとえば、単機能高額家電市場を創ったバリュムーダの扇風機も技術に裏付けされつつも、風そのものを心地よく設計して、つけたまま寝ても心地よい眠りの時間を創りました。まさにそれを体現しています。

 

従来型の調査(消費者の多数決)でモノを作るのではなく、未来の「いいね」「こうあったら幸せだね」を思い描いて創る。エクストリームユーザーと共に対話しながら創る。既存の価値観では判断できないものを、なんとかカタチに落とし込みながら、関係者を口説いて仲間を増やして世のなかに出していく。つまり未来のビジョンの視覚化です。技術だけに頼るのではなく、新しい価値を創ることがイノベーションでもあり、それを主導できるのは、デザインの力です。

イノベーションを加速させるデザイン視点・デザイン体質

過去に日本のデザインは「出来上がった技術をユーザーに分かりやすいように意匠を考える」〜と認識されていた時期が長くありました。ゆえに現在、企業経営やマーケティングの現場でデザインをこの認識を超えて、イノベーションや価値創造のコンテクストで注目されるのを、私たちは嬉しく思っています。
デザインの本質をデザイン業界以外でいちはやく、理解されたのだと思います。「デザイン思考」の大いなる功績であるとも云えましょう。

 

これからの予測不能なカオス化した経済環境において、昨今は、従来のエビデンス主義や
MBAの思考・メソッド習得を始めとするテクニカルスキルだけではない、ヒューマンスキル、コンセプチャルスキルが見直されています。(※3)
右脳的な直観、感覚、身体性、体感知を大切にしながら、困難があってもしなやかに新しいものを生み出すことが必要とされています。
デザインはまさに社会に対して、集まった場に対して、一緒にワークする仲間に対して、
この部分で関わって、成果を引き出しエンファサイズすることが出来ます。
デザインはこれからは、職業やスキルを超えて、ビジネスマンの視点や体質として、体得していくべき時代になるかも知れません。

うまくいくプロジェクトには 当事者性「私」が関わる

実は、井上氏の論文には、私の目が一番、釘づけとなった部分がありました。それは
イノベーションに於ける「私」と「仕事」と「世の中」の繋がりについての言及です。

出展:「コレクティブ・インパクト実践論 企業と社会の利益は一致する」(井上 英之 :慶應義塾大学 特別招聘准教授) https://www.dhbr.net/articles/-/5677

仕事柄、数々の新規事業や商品開発を生み出す現場にいることが多い私たちですが、
とはいえ、市場に出して評価を受けるプロジェクトだけではなく、途中でとん挫、中止となるプロジェクトもかなり多いものです。市場性も新規性も、それをやった時に新しい価値が生まれる実感が関係者にはあるのに、最後の調査結果で定量的な裏付けがとれなかったり、社内の役員プレゼンで賛同をもらえなかったり、社内で予算追加が出来なかったり、或いは人事時期にワーキングメンバーが移動になってしまうなど、暗礁に乗り上げる要因は様々です。
しかし、一方で当初からアイディアの完成度も高いわけでもないのに、時間の経過とともに協力者が増えて、そのうちに何となく世に中に出ていくプロジェクトがあります。
何故だろうと振りってみると、それこそが、プロジェクトメンバーが「私」の視点でかかわっているか、つまり私の軸と目の前のPJとそして、出現する未来の姿が一本線にシンプルにつながっているかどうか〜であると改めて思い至りました。

自分事としてかかわる複数のメンバーがいるプロジェクトでは、途中で暗礁に乗り上げようが、アイディアや課題解決の糸口がみつからず、四苦八苦、ジタバタしようが、社内で批判されようが、とにかく続ける、人のチカラを借りて別の方法を試みる、寝かせてもまた再度トライする、そして最後には、プロジェクトを世の中に出しています。
教育の現場で昨今云われ始めたGRIT(やりぬく力)とも云えますね。(※5)
この実感は、いづれかの研究者に検証し、科学的に立証して欲しいところでもあります。

 

そして、今いちど井上氏の記事を読み終わり、私たちトリニティがプロジェクトに加わる時には「クライアントと弊社」ではなく、「私」→「このプロジェクト」→「楽しい未来」が「一筆書き」になっている感覚があるかどうか〜これこそを大切にしながら、活動を続けていきたいと改めて思いました。

用語補足

※1:エコシステム:もともとは生態系の用語。
現在では、経済視点での連携、継続的循環を指す

 

※2:デザイン思考:ビジネスにおける前例のない課題に対して、
デザイナーの思考方法を活用して最適解を求めるメソッド。
ハーバート・サイモンの「シムテムの科学」ははじまりと言われている。

 

※3:バウンダリースパナ―:多様な価値観を受け入れながら、
コミュニティや組織や部門の「境界を越えて成果を出す人」。
ハーバードビジネススクールのマイケルタッシュマンが
1977年に発表した論文により広まった概念。

 

※4:コンセプチャルスキル:コミュニケーションなどの非言語能力や
情報を知識や知恵に置き換えて分析したり、
抽象的な概念を理解する能力等々。
ハーバード大学ローバート・カッツが1955年に提唱した概念。
当時は、マネジメント層に必要とされてたコンセプチャルスキルは、
これからの若い世代にこそ必須であると言われ始めている。

 

※5:GRIT(グリット)
目標に対してひたむきに取り組み挫折してもあきらめずに
努力し続ける粘り強さのこと、やり抜く力とも称され、
成功する人はこの能力が高いことが昨今話題となっている。
関連書籍:アンジェラ・ダックワース「GRIT」

文責

文責:湯浅保有美
トリニティ株式会社 代表取締役社長
デザインプロデューサー

組織の経営と生活者のインサイトを
デザインで繋ぐため(三位一体=トリニティ)奮闘中。
昨今は、次世代リーダーのクリエイティブ人材を育てるための
人材開発プログラムに日々のエネルギーを注いでいる。